走って と言ってもkossくんじゃないから、こっちはクルマです。
 
入間市の山奥、と言っても宅地になっている、が、登って登っての山の上にある蕎麦屋。
 
古い友人がこの地に店を移して20年も経ってしまった。
 
 
店主の「M」は4年前に亡くなったベースの中学の同級生で、初対面は新宿歌舞伎町のパブ。
 
高校一年で早熟にもバンドとしてアルバイト出演していたのだった。
 
サイドG担当のMはすでに「9th」や「Aug」などを知っていてカッコよかった記憶がある。
 
 
次に会ったのは23歳のとき、Mは彼女と一緒に目白で喫茶店を開いていた。
 
雇われカウンターマンだった私はオーナーになったMが羨ましくてよく通ったものだ。
 
しばらくしてベースの奴から「Mは店をたたんでソバ屋になったよ」と聞かされびっくりした。
 
それも埼玉の山奥の方だという。(思えば当時の入間はホントに山奥のイメージだった)
 
そして自然に音信が途絶えた。
 
 
再会はそれから30年後、Mは奥さん(目白時代の彼女)と年頃の娘さんを連れて
 
私がベースのSと二人でやっていた池袋のお好み焼き屋に来てくれた。
 
次の休みの日、来てくれたお礼にと、Sと二人「レッドアロー号」に乗って入間へ。
 
駅まで迎えに来てくれたMのクルマで店まで走ったのだが、それが 登って登って だったのだ。
 
 
(こんなところでよくやるな~) それが正直な印象だったが、話を聞くと、他に飲食店がなく、
 
まわりには一戸建てが増え続けているらしく商売は順調なんだそうだ。
 
毎朝カビの付いた鰹節を削り、さば節との合わせだしに拘ったMの「つゆ」は実にうまかった。
 
Mは言う 「そばは 麺より つゆだ。 教室でそばは打てても つゆはできない」
 
それを時々思い出しては(食べたいな)と思い続けていたので今回片道2時間走ったのでした。
 
 
いやあホントにうまかったです。
 
M自慢の「つゆ」が際立つ「鴨せいろ」、つゆと鴨の油とネギ、このトリオが醸し出すうまさは最高。
 
食後は昔話、Sの思い出話、食いもん屋の苦労あれこれ、自営業の生活観など、あとからあとから
 
話は尽きず気が付けば3時間が経過していた。懐かしかった。
 
最後の話題は「孫」のこと。Mは半年前に「じいじ」になっていたのだ。
 
高1の歌舞伎町から43年目のことである。
 
 
帰りの2時間は大雨の中。
 
ワイパーのリズムに合わせてアタマの走馬灯がゆらゆらと回る。
 
43年間のあれこれ・・・
 
2時間でも足りなかったが、こんなにいい気持ちで回想できる時間をくれたMに感謝していた。
 
Mくん 今度はこっちも 孫連れで行きますよ。