2737の「37」は文字どおり「3月7日」です。
4ケタの暗証番号が日常生活に出てきた時、最も単純な4ケタでいけることに感謝した。
亡き父親は大正12年3月4日生まれで「1234」を使っていたが、後年はこの
「見本」のような4ケタは了承されなくなったとぼやいていたことがあった。
というわけで今日は誕生日。58歳になった。
父親の享年まであと1年、リーチであるな。
50を過ぎた頃から自分の年を「父親に照らし合わせて」亡父の人生を思い返してみる
くせが出てきた。併せて、というか、立ち戻って「己の人生」も回顧することが多い。
これも年のせいか・・・
1998年にWin98と出会い、縁あって「ネットベンチャー」に籍を置くことになり、
予想もしなかった「ネット世界」が身近になった。
ベタベタの「アナログ人生」をダラダラとユルユルとおくってきた私にとって、この
PC環境は「コドモになれるオトナのオモチャ」である。
現在こうして毎日「脳と指先に刺激を与える」時間があることに感謝している。
生活のバランスで言えば、会社の仕事は「昭和のアナログ」環境そのままであるから、
家庭でのPC遊びをもって「いいバランス」であることも幸いしている。
仕事では、毎日30枚以上の「4枚連記カーボン用紙」に手書きで指示書を作っている。
ボールペンの芯交換頻度は社内でダントツのトップだ。
この時代にペンダコができている。
さらに、材料の幅から加工使用量を引いて、残材がいくら残ったかを毎日記帳しているから、
これが単純な「掛け算・引き算・足し算」の算数で、ボケ防止に大いに役立っている。
と、まあ、人生のタイミングとして「とても幸運」な出会いと時代に生きていることは
間違いないところだ。
定期を買わない生活をしていると「年齢を記入する」ことがほとんどない。
これも「年齢認識」から遠ざかる一因になっている。
もうこの年になると「何歳か」などというのは「背番号」みたいなもの。
あしたはどうする? より
あしたも目が覚めるだろうか? であるな。
4ケタの暗証番号が日常生活に出てきた時、最も単純な4ケタでいけることに感謝した。
亡き父親は大正12年3月4日生まれで「1234」を使っていたが、後年はこの
「見本」のような4ケタは了承されなくなったとぼやいていたことがあった。
というわけで今日は誕生日。58歳になった。
父親の享年まであと1年、リーチであるな。
50を過ぎた頃から自分の年を「父親に照らし合わせて」亡父の人生を思い返してみる
くせが出てきた。併せて、というか、立ち戻って「己の人生」も回顧することが多い。
これも年のせいか・・・
1998年にWin98と出会い、縁あって「ネットベンチャー」に籍を置くことになり、
予想もしなかった「ネット世界」が身近になった。
ベタベタの「アナログ人生」をダラダラとユルユルとおくってきた私にとって、この
PC環境は「コドモになれるオトナのオモチャ」である。
現在こうして毎日「脳と指先に刺激を与える」時間があることに感謝している。
生活のバランスで言えば、会社の仕事は「昭和のアナログ」環境そのままであるから、
家庭でのPC遊びをもって「いいバランス」であることも幸いしている。
仕事では、毎日30枚以上の「4枚連記カーボン用紙」に手書きで指示書を作っている。
ボールペンの芯交換頻度は社内でダントツのトップだ。
この時代にペンダコができている。
さらに、材料の幅から加工使用量を引いて、残材がいくら残ったかを毎日記帳しているから、
これが単純な「掛け算・引き算・足し算」の算数で、ボケ防止に大いに役立っている。
と、まあ、人生のタイミングとして「とても幸運」な出会いと時代に生きていることは
間違いないところだ。
定期を買わない生活をしていると「年齢を記入する」ことがほとんどない。
これも「年齢認識」から遠ざかる一因になっている。
もうこの年になると「何歳か」などというのは「背番号」みたいなもの。
あしたはどうする? より
あしたも目が覚めるだろうか? であるな。