先日の「雑煮」ネタについて1通の投書をいただいた。

千葉市にお住まいのTさんという主婦の方からでした。

そこには「味にまつわる」ご自分の「嫁・姑」体験が書かれており、

私の書いた「下品な味」の正体は「化学の味」なのではないか、と結んでありました。

これを読んで(はた!)と気付いたことがあります。

それはこの「化学の味」つまり「味の素」の存在です。



調味料界最高の発明である「味の素」は、私たちの親や祖母にとってある意味

「教祖」的な存在です。信仰と言っても過言ではないかも。

私も幼少からあの「魔法の白い粉(糸)」を振ってましたし。

TVの料理番組でも味付けには必ず登場してましたね。

NHKでは固有名詞が出せないために表題に書いた「うまみ調味料」という名(迷)言を

作り出しました。

おばはん先生が言うところの(少々)というヤツですね。



「食」に関しての時代性でしょうか、子供の頃は「味の素」に続けとばかり

「旭味」や「ミタス(味を足す から)」が発売されましたが、いずれも届かず玉砕。

ここが「化学味」と元祖「味の素」の違いであったわけです。



味について言えば「甘・酸・辛・苦(かんさんしんく)」と言われるように、

人はまず「甘味」を先に感じます。そしてこの「甘い!」は「うまい」「おいしい」に

直結しているようです(脳では)。

ですから、和食調理に「本みりん」や「砂糖」をつかうことが多くなるのですね。

ものがなく、食材に「土の匂い」が強かった昔、みりんも高くて正月以外には使えない頃、

この「甘い~おいしい 味の素」はまさに画期的な救世主であったわけです。



で、この味を「化学の味」とするならば、私たちの世代はほとんどがこれに毒されている。

のかも知れません。つまり「それなくして 味 は語れない」のかも。

ここに年の差4歳くらい下の世代との「味感覚」の大きなギャップがあるように思います。

流れ的に言うと・・・

味付けのない「素材」の時代~私たち「味の素信仰」時代~脱化学味「COOP」時代~

レトルト食品中毒「グルメプア」時代、 となってきているのですね。



もちろん、「おいしい」「うまい」は個々の舌の嗜好ですから「正解」はない。

求める味が先の かんさんしんく のどこにベースを置くかで決まりますから、

遡れば、食卓の王:世帯主の舌に合わせた実家の母の味に原点があるわけですね。

とすれば、やっと「下品」の光が見えてきたのですが、

キーはこの「味の素」にあったのではないかと思いついたのです。灯台下暗し。



1通の投書からまたまた「鍵」が与えられ「引き出し」から「味の素」が飛び出した!

こいつは春から面白い!!

早速トライしてみようと腕まくりをする勢いの私です。

Tさん、ありがとうございました~~