昨夜のニュースで「8月に霜が降りた」「コスモスが咲いた」と2本の珍事を放送していた。

近年の温暖化に因を発するであろう地球の変質(あえて言う)が顕著になってきたようだ。

偏西風の変化と共に台風の進路も大きく変わり、群馬の竜巻もこれまでの気象データでは

ほぼ「ありえないはず」の出来事だ。



この夏も朝からうだるような暑さの日は(私の地盤では)2日間しかなかった。

お盆を過ぎたらもう秋の気配が充満している。

長期予想では「暖秋」と言っていたが、もはや日本に「四季」はないのか。

2~3年前から「春」「秋」が短くなったと感じ、ひょっとすると「暑い」か「寒い」か

日本は「ニ季」になっていくのか~? と思っていたら、今年はまたまた変質した。

言わば、「春+冬」「夏+秋」が合体した「温暖ニ季」になっていくようだ。



日本人の生理と自然との共存から生まれた「歳時記」も絶滅状態なのか。





今の日本に充満している(しつつある)のは「閉塞感」なんだと思う。

自然現象からも、文化的衰退からも、経済不況からも、さずがにこれだけの

時間を経験して、さらにマスコミ報道からのコントロールもあって、国民のほとんどが

(なんだかなあ~)

(うんざりだ)

と、やり場のない「どうしようもない」閉塞感を感じているのではないだろうか。



何かが起こればいいのに・・・てな他力本願型大衆の閉塞感が飽和になりつつあるとすると、、

今回の選挙は「遥か昔の お蔭参り」にも似た社会現象を引き起こすきっかけになるのでは。

つまり、熱に浮かされた「考えることをしない大衆」の票が、単なる「ノリ」だけで

民主に流れる可能性が大きいように思える。

(現与党派では決してないが)浮かれての政権交代は危険であることに違いはない。

国の政の舵取りを(やらせてみればわかるさ)というノリで預けるのは危ない。

想像力のない有権者が(みんながそうならオレも)で投票するとひっくり返るぞ。



今回だけは、どこに投票してもいいが、ノリではなく、

自分で考え、判断しての「清き一票」を作るべきだ、と切に思う。