昔からそうなんですが、いろいろな場面でアクション・発進の邪魔をするのが

内からの抑制、てれる という邪魔者です。

てれるをいいことに、局面から逃げていることもしばしばあります。

この てれ のルーツは何でしょうか。

DNAですか、血ですか、家庭環境ですか、培われた性分ですか。

これまでの経験では「シャイ」と褒められることより誤解される方が多かったようです。



一番苦手なのは、相手を褒めるべき というか、方がその後の展開がスムースになると

分かっている局面です。

褒め言葉が出る前に、褒めている自分を想像して恥かしさが先に立ちます。


(おまえ、心から褒めてないだろ)

(うそくさい褒め方じゃあ失礼だろ)

こんな声がアタマに聞こえて言葉がでません。勢い、ダンマリを決め込む。



臆面もない という言葉がありますが、転じて考えれば私には臆面だらけです。

(そこまでは言えないなあ)

(それを言うか)

てれない人(と思える)を見ていると、そんな反応が湧いてきます。

実に面倒くさい性分だとは思いますが、そんな自分が嫌いではないので変わらない。



親として子に言わねばならないことでも、

社員として上司に対峙しなくてはならないことでも、

先輩として後輩を教育しなくてはいけないことでも、

どうにも「てれx面倒くさい」が先立ってしまいます。



組織の一員として、私だけが遂行している業務の後継者を育てることが急務の課題として

社長から降りてきました。

定年までの時間を考えると、御意! なんですが、どうにもね~~

体育会体験がなかったもので「上下」や「熱血」や「愛情」や「協調」やらと

勝手に想像する「必須条件」が欠乏している自分を認識して、ちと困っています。



時代的に「見て覚え」「見て盗んで」学習してきた私には、手取り足とり教えて

育てるという行為は「恥かしさ満載」の作業に思えて気が重い。

人が人の面倒を見る という関係は互いに臆面を捨てての戦いに等しい。



さて、どうしたものか。

セルフコントロール、常に意識しているキーワード。


やっぱり面倒くさいなあ~