元号が平成に変わってから21年目。
昭和で通せば83年、気が付けば、この地に住んで50年が経っている。
昔の「人生50年」で言うならば、ここからはもう オツリ の人生である。
学業を終えたのが昭和49年、そこから家を離れるまでが3年、父親の死に伴い
長男カムバック!で戻ったのが57年、そのままここで暮らしている。
昭和32年に亡き祖父が100万円キャッシュで購入した「建売り・所有権付き」の
ネコの額のこの土地を、こんなに長い間守るとは思ってもいなかった。
今朝の新聞に新たな公示価格が出ていたが、50年経過して地価は25倍である。
これが安いのか高いのか、それはよくわからないが、ここまで住むともう動けない。
築27年で建替えた家もすでに築23年になっている。が、ローンはまだ終わらない。
ある意味では、土地に縛られ、ローンに縛られてきた生活とも言える。
ところが、ここにきて、青天の霹靂!
娘の結婚話に引きずられて「二世帯住宅」の話題が急上昇してきたのだ。
この地ではムリだから勢い「売って・買って・建てて・引っ越して」の話しになる。
そこで、ハタ!と考えさせられた。
どう楽観的に考えても、今以上にラクにはならない現実が待っている。
考えに考えた2週間余りでたどり着いた私の結論は・・・
めんどくさい!
であったわけだ。現実に起こるであろうコトの全てがめんどくさい!のだ。
言い換えれば、現状になんら不満がない。
足の便はいいし、住むには快適な環境である。
そこがカミさんといちばんの差であるようだ。
ここが実家で50年と、嫁いで来ての26年の差かも知れない。
あるいは、本人 と 他人 と言うべきか。
究極の選択を迫られる場面が近づいている気配がある。
さてその時にどうするか・・・?
あくまでも 自分 か、それとも老後の夫婦をとるか・・・?
カミさん方には「一人暮らしの老いた母」という切り札がある。
私には切り札もジョーカーもない。
しかも娘は母親と同居を望んでいる。犬もしかりだろう。
さてどうする?
こんな事態が出てこようとは想像だにしなかったぞ。
子供らは出て行き、実家に老いた夫婦が残る。
帰ってこられる実家はボロボロでもそこにある。
そして親はそこで死ぬ。
それが日本人のカタチなのではないか。
漠然とながら自然にそう思ってきた。
家族それぞれの「優先順位」を本気で話し合う場面が来そうで、怖い。
これもまた 人生 か。
昭和で通せば83年、気が付けば、この地に住んで50年が経っている。
昔の「人生50年」で言うならば、ここからはもう オツリ の人生である。
学業を終えたのが昭和49年、そこから家を離れるまでが3年、父親の死に伴い
長男カムバック!で戻ったのが57年、そのままここで暮らしている。
昭和32年に亡き祖父が100万円キャッシュで購入した「建売り・所有権付き」の
ネコの額のこの土地を、こんなに長い間守るとは思ってもいなかった。
今朝の新聞に新たな公示価格が出ていたが、50年経過して地価は25倍である。
これが安いのか高いのか、それはよくわからないが、ここまで住むともう動けない。
築27年で建替えた家もすでに築23年になっている。が、ローンはまだ終わらない。
ある意味では、土地に縛られ、ローンに縛られてきた生活とも言える。
ところが、ここにきて、青天の霹靂!
娘の結婚話に引きずられて「二世帯住宅」の話題が急上昇してきたのだ。
この地ではムリだから勢い「売って・買って・建てて・引っ越して」の話しになる。
そこで、ハタ!と考えさせられた。
どう楽観的に考えても、今以上にラクにはならない現実が待っている。
考えに考えた2週間余りでたどり着いた私の結論は・・・
めんどくさい!
であったわけだ。現実に起こるであろうコトの全てがめんどくさい!のだ。
言い換えれば、現状になんら不満がない。
足の便はいいし、住むには快適な環境である。
そこがカミさんといちばんの差であるようだ。
ここが実家で50年と、嫁いで来ての26年の差かも知れない。
あるいは、本人 と 他人 と言うべきか。
究極の選択を迫られる場面が近づいている気配がある。
さてその時にどうするか・・・?
あくまでも 自分 か、それとも老後の夫婦をとるか・・・?
カミさん方には「一人暮らしの老いた母」という切り札がある。
私には切り札もジョーカーもない。
しかも娘は母親と同居を望んでいる。犬もしかりだろう。
さてどうする?
こんな事態が出てこようとは想像だにしなかったぞ。
子供らは出て行き、実家に老いた夫婦が残る。
帰ってこられる実家はボロボロでもそこにある。
そして親はそこで死ぬ。
それが日本人のカタチなのではないか。
漠然とながら自然にそう思ってきた。
家族それぞれの「優先順位」を本気で話し合う場面が来そうで、怖い。
これもまた 人生 か。