漢字検定取得へのチャレンジがブームになっている。
確かに(自分の漢字知識・能力はどんなもんだ?)と喚起させる効果は大きい。
しかもレベル設定により、一人の受験者が上級を目指して複数回受験する
リピート効果の狙いも的を射ている。
レベル設定にも戦略がアリアリだ。
3級は「中学卒業レベル」
2級は「高校卒業レベル」
としているが、これが抜け目ない。
学校の勉強だけでは出来ない問題が3割近く出題される。
受験生が(こりゃあ事前にかなり勉強しなくては・・・)と思わせる手口だ。
しかしそして「あめ」も用意している。
70点取れれば「合格!!」なんですね。
これが「次へのチャレンジ心を煽り」さらに「受験勉強もせねば」と向上心も煽る。
まあ、言ってみれば、、いいことだらけ! のように見えますが・・・
結果、過去問が売れ、受験生が増え、リピーターも増え、商売繁盛間違いなし!なんだ。
国家資格ではないから履歴書に書けるわけでもなく、自己満足の域を出ない。
漢字検定の落とし穴(だと私は言いたい)は、そのネーミングにある。
「漢字」の冠を付けたことで、フツーの学校でフツーに勉強した人は
(ああ、漢字の書き取りなんだ)と思い込み、半ば懐古的に受けたりする。
しかしだ、これは「漢字」ではなく「日本語力の検定」に他ならない。
なぜなら、問題文の日本語が判らないと「答えられない」からだ。
実例:会社の38歳オトコが昨年「3級」を受けた。結果は70点ちょっとで
滑り込み合格だった。
彼は気をよくして、というか、漢検の戦略にまんまと嵌り、今年は「準2級」を
受けるために「過去問」を買って勉強を始めた。
が、とたんに「知らない漢字が問題の中に出てきて困っている」
「この日本語(単に言葉だったり名称だったり)知りません」の連発だ。
これが受験生の実態である。
「日本語検定」にしていたら、とっくに「倒産」した商売だろう。
基本的な日本語の常識を「学ぶこと」から始めないと上級は受からないのだ。
しかし、年をくってからでは簡単ではない。
もう自分の「国語辞典のページ」は完全にできあがってしまっているのだ。
そりゃね、チャレンジすることは立派なことです。
いつだって勉強する姿勢は立派です。
でもね、現実的に自分のレベルを省みて
ちゃんと勉強してこなかったことを心から「恥じる」
このミソギから入るべきだと思うのだ。
過去は過去、もう済んだことだから、いいの! では決してないはずだ。
付け焼刃でない「知識」とは何か、ということから始めるべきである。
日本人の日本語はそんなに「軽いもん」ではない。
文化は変わらない。変わっているのは人のほうだ。
確かに(自分の漢字知識・能力はどんなもんだ?)と喚起させる効果は大きい。
しかもレベル設定により、一人の受験者が上級を目指して複数回受験する
リピート効果の狙いも的を射ている。
レベル設定にも戦略がアリアリだ。
3級は「中学卒業レベル」
2級は「高校卒業レベル」
としているが、これが抜け目ない。
学校の勉強だけでは出来ない問題が3割近く出題される。
受験生が(こりゃあ事前にかなり勉強しなくては・・・)と思わせる手口だ。
しかしそして「あめ」も用意している。
70点取れれば「合格!!」なんですね。
これが「次へのチャレンジ心を煽り」さらに「受験勉強もせねば」と向上心も煽る。
まあ、言ってみれば、、いいことだらけ! のように見えますが・・・
結果、過去問が売れ、受験生が増え、リピーターも増え、商売繁盛間違いなし!なんだ。
国家資格ではないから履歴書に書けるわけでもなく、自己満足の域を出ない。
漢字検定の落とし穴(だと私は言いたい)は、そのネーミングにある。
「漢字」の冠を付けたことで、フツーの学校でフツーに勉強した人は
(ああ、漢字の書き取りなんだ)と思い込み、半ば懐古的に受けたりする。
しかしだ、これは「漢字」ではなく「日本語力の検定」に他ならない。
なぜなら、問題文の日本語が判らないと「答えられない」からだ。
実例:会社の38歳オトコが昨年「3級」を受けた。結果は70点ちょっとで
滑り込み合格だった。
彼は気をよくして、というか、漢検の戦略にまんまと嵌り、今年は「準2級」を
受けるために「過去問」を買って勉強を始めた。
が、とたんに「知らない漢字が問題の中に出てきて困っている」
「この日本語(単に言葉だったり名称だったり)知りません」の連発だ。
これが受験生の実態である。
「日本語検定」にしていたら、とっくに「倒産」した商売だろう。
基本的な日本語の常識を「学ぶこと」から始めないと上級は受からないのだ。
しかし、年をくってからでは簡単ではない。
もう自分の「国語辞典のページ」は完全にできあがってしまっているのだ。
そりゃね、チャレンジすることは立派なことです。
いつだって勉強する姿勢は立派です。
でもね、現実的に自分のレベルを省みて
ちゃんと勉強してこなかったことを心から「恥じる」
このミソギから入るべきだと思うのだ。
過去は過去、もう済んだことだから、いいの! では決してないはずだ。
付け焼刃でない「知識」とは何か、ということから始めるべきである。
日本人の日本語はそんなに「軽いもん」ではない。
文化は変わらない。変わっているのは人のほうだ。