休みの間は球技ばかり見ていた。
高校野球、オリンピックのソフトボール・野球・卓球。
別にメダル期待派でもないし、応援に熱くなるわけでもないが・・・
団体競技の球技がどうしても好きなんですね。

球技に限らず「ここ」というポイントというかワンプレイの瞬間が
必ずあります。それを掴むかどうかが勝敗の分かれ目になる。ように思える。
まあ、見ているほうは結果論でしかないから無責任ですけど。

でね、そういう究極のプレイを迫られたときに、日本人と外国人の違いが
見えるような気がしました。
独断と偏見ですが・・・「神の存在」なのではないかと思えます。
自分のプレイの裏づけが(あれだけ練習したんだから)という経験値にあるのは
もちろんですが、さらに(私には神がついている)というプラスワンの精神的な
支えがあるように思えてなりません。
最後は神頼みというところでしょうか・・・

それに比べて無神教に近い日本の選手には最後まで自分自身しかいないようです。
しかも、(もし・・・)という結果を考え、そうなったら・・・とその後を考え・・・
さらにそうなったら・・・と、どこまでもこれからどうなるか分からないことを
あれこれ瞬時に超速で思い巡らせ・・・結果、(イカンイカン)と雑念を振り払って
現実に立ち向かう。というような図式が見えるようです。

まあ、失敗やミスや思わぬプレイを見せられての感想ですが。

それにしても、4年も時間があるのに「連覇」を当然のように期待する
日本は「後進の指導」をどのように考えているのでしょうか。
母でも金!と言わざるを得ない現状が悲しいですね。

メダル獲得が目標なら、確実に獲れるレベルまで育てた上で送り込むべきではないか。
経験2回目の新人と外反母趾のベテランが代表というのは余りにもオソマツだろう。
北島とか室伏とか吉田とか、鉄人レベル数人しか出さない日本にならないかな・・・