話はちょと、前後しますけどね。







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スタジオに向かう道ゆき、

大森駅のホームで偶然旧友と出くわした。



ヤツの横には、1月に結婚した嫁さんがいて、

その嫁さんのおなかは、ぷっくりと大きくなっていた。






おう。ひさしぶり。






ホームの雑踏のなか、ヤツは大きな声でそう言って手を上げた。



その横で、嫁さんがにっこりと笑い、おなかを支えながらゆっくりと会釈した。







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ヤツはおいらの友達である。


おいらには、地位も名誉もお金もゼンゼンないが、

ありがたいことに友達だけはたくさんいる。



そんななかでもヤツは、おいらにとって一番の友達である。






おいらとヤツは中学の頃からナゼか仲がよかった。


ヤツは、同級生の誰もが認めるナンバーワン。

成績はいつも学年トップ。スポーツは万能で、

顔立ちも和製トムクルーズと賞される程の端正な作り。




今考えると、ヤツが何ゆえおいらと仲良くなったのか皆目分からない。


でも、おいらとヤツは少しずつ仲良くなり、

高校、大学時代はほぼ毎日一緒にいた。





いや。



正確にいうと毎日一緒にいたというより、

毎日ヤツがおいらの部屋にやってきたのだ。


ヤツは呼んでないのに、ナゼか毎日おいらの部屋にやってきた。




我が家は蕎麦屋なので、いつも勝手口が開いている。

それをいいことに、断わりもせずに部屋に上がって来るのである。


一応、部屋に入るときはノックをする。

でもおいらが応える前に無造作にドアを開け、





おう。ひさしぶり。






とヤツはいう。




ひさしぶりっておかしいだろ。昨日も一昨日もきてるくせに。





おいらがいない間に部屋に上がりこんでいたこともある。


おいらが風呂から上がって、タオルでアタマ拭きながら自分の部屋に戻ると、

ヤツは部屋の真ん中に寝転がり、おいらの買った雑誌を読んでいたりする。


んで、これもう3回も読んじゃったよ、ツマンナイよ、新しいの買ってきてよー、

と文句をいう。買った本人ですらまだ読み終わってないのに。むちゃくちゃだ。







いつだったか、おいらがヒドイ失恋をした日、さすがにひとりになりたかったから、

「今日だけはオマエ来ないでくれ」と、あらかじめ電話して断わったことがあった。



それでも、やっぱりヤツは現れた。


元気出せよ、ミヤゲ買って来たからさー、と缶ビールを2本ぶらさげて。


帰ってくれよ、と言ってもヤツは帰らなかった。

おいらは小1時間、ヤツに背中を向けて抵抗を続けたが、

結局根負けして、ビールのプルトップを開けた。



正直、コイツ毎日来やがって、メイワクだなぁと思う日もあったが、

結局おいらもヤツと過ごす夜が楽しかったわけで、

来なきゃ来ないで寂しくなった。今日来ないのかよ、って電話したりした。



ヤツはビール飲んで酔うと、男とはドウゾナーとか、とか武士とはナンゾヤーみたいな

むさ苦しい話をしたがった。おいらは、うんうんとひとしきり聞いたのち、

自分の音楽はドウゾナーとか、また女の子に振られてさぁぁぁ、

みたいなショウもない話をしていた。





そんな夜が、楽しかった。

そんな時間が、ずっと続くのだと思っていた。






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あれから十余年。



お互いに歳を重ねた。


おいらとヤツは、最近は2、3ヶ月に1度会えばいいぐらいの間柄になった。






「おう。ひさしぶり」




ヤツはいった。




「おう、・・・こんにちわ」




おいらはいった。


おう、はヤツに。こんにちわ、はヤツの嫁さんに。






「子どもかよ、聞いてないよ」



「おう、言いそびれちゃってたけどな。今月生まれるんだ」




ヤツはちょっとテレた顔をした。


横で微笑む嫁さん。もともと凛とした美しいひとだ。

そこに包み込むようなやさしさが加わっていた。おかあさんの顔だ。




嫁さんをいたわるヤツの顔は、幸せそうだった。


その幸せそうな顔は、おいらの知るあのショウもないヤツの顔ではなかった。


ひとつの家族を背負った顔だった。





そして、相対するおいらが背負っているのは、ギター1本。

十余年前と、まるで変わらない。



ヤツは、幸せな家族とともにいる。

それがなんとなくうらやましいと思った。




でも、不思議と寂しさはなかった。

紆余曲折あったものの、こうして今でも音楽と向き合えている自分は、

これでいいんだと思った。


そして音楽に夢中になっていたあの頃の自分や、

音楽に挫折したあの頃の自分を知っているヤツに、

今も音楽やってるよ、と胸を張って言える自分も幸せだと思った。



この気持ちを言葉にする必要なんてない。


きっとヤツは分かっている。






またな。




おう。





この次、ヤツと飲むのはいつになるだろう。



きっと子どもが生まれたお祝いだろう。たのしみだ。