昨夜フェイスブック見てびっくり。
学生時代のよく知った先輩で、現在は東京や地元高知県で音楽活動を続けながら四万十市議もされてるH先輩が、先日自身のライヴ中に脳出血で倒れられたとか、、、。
小山卓治さんの投稿を大江章造先輩がシェアしておられるのを見て知りました。
幸い命に別条ないものの、現在は復帰に向けて懸命のリハビリ中ということで、、、。
自分も血圧高いほうなので、これはちょっと人ごとでないな、、、。
一日も早い快復をお祈りしています。
さて、京都には 「六道まいり」 という習慣がありますね。
お盆の近づくこの時期、先祖の霊をお迎えして16日の 「送り火」 でまた送り出します。
幼少のころ、養母に手をひかれた自分は毎年このころになると 「精霊迎え」 のメッカでもある六波羅へ六道まいりに連れて行かれました。
そしてまだその意味もよくわからない幼い自分に 「あてが死んだら、アンタがここへお迎えに来てや」 と花街育ちで根っからの商売人であった養母は毎回のように流暢な京都弁でそう言ったもんでした。
そんなことを毎年毎年言われてたもんですから、幼いながらにもそれは自分のなかで鮮烈な記憶として残っており、お盆までにここへお迎えに来ないとなんだか気持ちが悪くて、そんなことから今年も家族を連れて昨日 「六道まいり」 へ行ってきました。
ただ唯一昨年までと違うのは、昨年まで六波羅蜜寺へお迎えに行ってたのですが、先日実父らみんなで話してた時に、ど~~~も養母が自分を連れて行ってたのは六波羅蜜寺でなく、その近くの珍皇寺である、、、ということが知れたワケで、珍皇寺へ行った帰りに六波羅蜜寺にも寄ってたみたい。
そんなことで今年からは珍皇寺へ(笑)。

ここは小野篁が地獄へ通ったという井戸や閻魔大王木像、江戸時代に描かれた地獄極楽絵図なんかが有名なお寺。
19時を回ってましたが参拝者と観光客で境内はごった返していました。
本堂にお参りして水塔婆を書いてもらって迎え鐘をついて線香の煙で塔婆を清めて地蔵堂へ納めて高野槙で水をかけて、、、。
来年忘れないように書いておきます(笑)。
帰りは五条坂で昨日から始まってる 「陶器まつり」 をぶらぶらと。

自分は信楽焼や備前焼なんかが好きなんですが今年はそれらは買わず、たこ焼きを買って帰りました(笑)。
我が家のお盆の準備も万端です。
学生時代のよく知った先輩で、現在は東京や地元高知県で音楽活動を続けながら四万十市議もされてるH先輩が、先日自身のライヴ中に脳出血で倒れられたとか、、、。
小山卓治さんの投稿を大江章造先輩がシェアしておられるのを見て知りました。
幸い命に別条ないものの、現在は復帰に向けて懸命のリハビリ中ということで、、、。
自分も血圧高いほうなので、これはちょっと人ごとでないな、、、。
一日も早い快復をお祈りしています。
さて、京都には 「六道まいり」 という習慣がありますね。
お盆の近づくこの時期、先祖の霊をお迎えして16日の 「送り火」 でまた送り出します。
幼少のころ、養母に手をひかれた自分は毎年このころになると 「精霊迎え」 のメッカでもある六波羅へ六道まいりに連れて行かれました。
そしてまだその意味もよくわからない幼い自分に 「あてが死んだら、アンタがここへお迎えに来てや」 と花街育ちで根っからの商売人であった養母は毎回のように流暢な京都弁でそう言ったもんでした。
そんなことを毎年毎年言われてたもんですから、幼いながらにもそれは自分のなかで鮮烈な記憶として残っており、お盆までにここへお迎えに来ないとなんだか気持ちが悪くて、そんなことから今年も家族を連れて昨日 「六道まいり」 へ行ってきました。
ただ唯一昨年までと違うのは、昨年まで六波羅蜜寺へお迎えに行ってたのですが、先日実父らみんなで話してた時に、ど~~~も養母が自分を連れて行ってたのは六波羅蜜寺でなく、その近くの珍皇寺である、、、ということが知れたワケで、珍皇寺へ行った帰りに六波羅蜜寺にも寄ってたみたい。
そんなことで今年からは珍皇寺へ(笑)。

ここは小野篁が地獄へ通ったという井戸や閻魔大王木像、江戸時代に描かれた地獄極楽絵図なんかが有名なお寺。
19時を回ってましたが参拝者と観光客で境内はごった返していました。
本堂にお参りして水塔婆を書いてもらって迎え鐘をついて線香の煙で塔婆を清めて地蔵堂へ納めて高野槙で水をかけて、、、。
来年忘れないように書いておきます(笑)。
帰りは五条坂で昨日から始まってる 「陶器まつり」 をぶらぶらと。

自分は信楽焼や備前焼なんかが好きなんですが今年はそれらは買わず、たこ焼きを買って帰りました(笑)。
我が家のお盆の準備も万端です。