今だから言えること・・・。

数年前。
午前2時過ぎ。
山科と大津の境の山中に、独り捨てられた。
3月下旬。風はかなり冷たい。
もっともその場所が山科と大津の境・・・と知ったのはもっとあとからのことで、その時は一体ここがどこなのか、どういう道順でもってここに辿りつたのか知る由もなかった。

周りにぼんやり見えるのは木立に囲まれた山間の風景。そしてその奥に広がる漆黒の闇。時折冷たい風が吹き、山全体がざわざわと騒ぐ。その他には静寂以外に音もない。

憔悴しきっていた自分。フラフラと5~6歩よたつくように歩き、路傍の岩様のものに腰掛けた時、足元がややぬかるんでいることに初めて気付いた。ここはまぎれもなく山奥なんである。

腰掛けたまま、しばらく頭の中を整理する。
事の顛末。
間違いなく数時間前まで自分は華やかな祇園のネオン街を歩いていた。
思考能力ゼロ。
否、考えたくなくなる。
とにかく下山せねば。
こんな日にかぎって外套を持ってない。足には革靴。
これはヤバイ。

とりあえず緩やかな斜面を下る方向に足を向け歩き出す。全身が痛い。否、酔っているので痛いような気がする。
息が苦しい。ネクタイをしているのを忘れていた。
ネクタイを怒ったように外す。こんな体に悪いモン、野猿にでもくれてやる。棄てる。

歩いている方向が正しいのかどうかまったく分からない。山を下りたい一心でよろよろ、ふらふら、ただ歩く。歩く。延々と続く漆黒の闇。寒い。

どのくらい歩いたろう。
ここは一体どこなのだろう。
はるか遠くのほうから風にのって聞こえてくるのは獣の遠吠え。 狼?まさか・・・。

革靴で山道を歩いているせいで、足首がパンパンに腫れてきたのがわかる。痛い。
その場にへたり込みしばし呆然。
はたと思いつく。
そう、自分には友人と呼べる素晴らしい人々が周りにたくさんいるのだ。助けを乞おう。命乞いをしよう。泣きながら懇願しよう。そうしよう。きっと助けにきてくれるよ。
さすがに電話するのは憚られたので、数人に携帯からメールを打つ。
一応は電波の届いている範囲らしい。「送信完了」の表示を見て少し安心した。こんな場所にいても人とつながっていられるのだ。

へたり込んだまま、返事を待つこと十数分・・・。
返信無し。
それもそうか・・・、時刻は午前3時半を回ろうとしている。
こんな山奥深くで己の下界での嫌われようをまざまざと実感せしめられるとはあまりにも過酷な現実である。
まったく人は信用できんもんである。

鼻水が凍りそうなくらい寒くなってきた。
ヒザから下にももう感覚が無い。
しばらく夜空を仰ぎ見る。
星がとってもキレイ。
酒があればついでまわってやりたいくらいキレイ。
ここで死んでもまあ良いか・・・、と一瞬思ったその時であった。遠くのほうの空のごく小さな雲がほんの少し明るい。よく見ると下界からの光を反射しているようだ。
町はあっちだ!!

自分はズボンに付いた泥を払うこともせず、再び歩き始めた。
相変わらず酒のせいでよろよろとではあったが、歩く速度は先ほどより随分速かった。微かな光の方向目指して息を切らしながらただひたすら道なき道を歩いた。
するとどうか! 舗装路に出たではないか!
幅員3メートル程度の細い山道ではあったが、ようやく人の手によって造成せられた道にたどり着いた事は、人の気配すら無いものの、自分に生きる勇気と人生の糧とたれた鼻をかむことを思い出させるに充分足りえるものであった。
自分はその場でアスファルトに頬ずりをした。

どちらの方向に歩いているのかはもうどうでも良い。
ここまで来たら人家は間もなくであろうことは察しがつく。自分はさらに道を下ってゆく。
しばらく行くと前方から何やら物音。
耳をすますと、おおっ、車の音!自動車!内燃機付自動四輪車! 近づくとそれはパトカー!!やったーー!!!助かったーーー!!! 自分はヘーイタクシーィィ!と言わんがばかりにパトカーめがけて手を振ろうとした・・・が、待て。もしお巡りさんに「おはん、こんな時間にこんなトコで一体何しよるばってん?」と質問を受けるのは必定である。さすればかかる事態を一体どのように説明すればよいのか。よもや説明できたとしよう。できたとしても「なぬっ!そらあおまはんはりつけ獄門のうえ、島流しぢゃ!」と誅せられる可能性もなくはないのである。まあ死刑よりはマシかなあ~、なんて思ったが自分はそういう考えから思わず木立の中に身を隠してしまった。
ああなんたる因果か。ああなんたる阿呆か。
せっかく助かるチャンスであったのに。

仕方がないので自分はまた歩いた。歩いて歩いて歩いた。
すると細かった道は次第に広がりをみせ、片側1車線の道に合流し、人家と呼べる邸宅もポツポツと現れだした。
すでに身なりはヨレヨレ。髪はボサボサ。でもここまで来たら大丈夫。とにかくタクシーを拾えるところまでもうちょっと歩こう。
ほどなく国道に出た。
そこは国道1号線。見慣れた風景。ようやく自分がどこにいるのか見当がつく。
午前4時半。
ハイウェイなみの猛スピードで突っ走っていくタクシーに手を挙げる。
1台、素通り・・・。2台目、素通り・・・。3台目・・・。4台目・・・。
下界はあまりにも無情であった。
しかし考えてみればこんな時間にこんな場所でヨレヨレのシャツを着て髪はボサボサ、ズボンは泥だらけ、疲弊しきった表情でとり憑かれたようにタクシーに手を挙げる客を、誰が乗せようと思うか。恐らく死体を遺棄してきた帰りか何かに見えたに違いない。遺棄されたのはこっちなんである。

そして十数台目にしてようやく1台のタクシーが停まった。
ドライバーが羽の生えた天使に見えた。
「にいちゃん、こんなトコで何したはりまんねん?」とは聞かれなかった。優しい人だった。

行く先を告げたあと自分は車内で熟睡してしまった。
午前5時過ぎ、気が付いたら自宅の前に到着していた。

そして間もなくしてJRBの曲、「Wolfman‘s Soul」が、でけた。

悪さはしたらあきません。

反省猿の顔。