告白しますと僕は 「友達」 の数はどちらかというと多いほうではありません。
ですが世間一般に言われる 「親友」 の数に関しては比較的多いほうであると自分では思います。
「友達」 と 「親友」 の違いが世間でどう定義されるのか知ったこっちゃありませんが、少なくとも僕の中では彼らに 「友達」 という言葉を当てはめるにはあまりにもその言葉の持つニュアンスが「軽過ぎる」のです。
京都、三重、富山、滋賀、大阪、など・・・で暮らしている親友たち・・・。
付き合い始めて今年でもう24年目を迎えたヤツもいます。もちろん時々連絡も取り合いますし、呑みに行ったりもします。「お前とはもう一生くされ縁じゃ!」と呑みながら笑ったりします。悪態をつきながらでも心は通い合っている・・・、本音で語り合える・・・、居心地が良いのです。
考えてみるとやはり10代の多感な時期を共に悩み、共に笑い、共に泣き、共に喜び、共に戦った、言わば 「戦友」 のような感情と言ったら良いのでしょうか。こう書くと学生時代にそっち方面の「活動」らしきものをしていたように誤解されそうですが、そんなことはありません。僕は極めてノーマルな学生でしたので。
何しろ特に10代の終わりころには、僕の個人的なことでホントに色々あったもので、彼らは一緒にとことん悩み、とことん語り、僕のゆかんとする道を最後まで見守ってくれました。
京都に住んでいる親友とは夜中に殴り合いの喧嘩までしたものです(彼は前歯を折ってしまいました。その時のことは今やもう笑い話ですが、申し訳なく思っています)。
若いころ、見かけによらず恐ろしく短気でワガママだった僕を、ここまで気長にしてくれたのも彼らのおかげです。
さてそんな親友の一人、四日市市に住むK氏のところにこの連休を利用して家族で行ってきました。
K氏は大学時代からの親友で、学生時代安アパートで一人住まいだったK氏の部屋で、色んな話しをしながら朝まで飲み明かすなんてことはしょっちゅうでした(余談ですが一度僕は彼の部屋で呑みすぎてホントに死にかけました。イヤなことを思い出したな・・・)。
「関西・ナンパツアー」と称して、どちらが声をかけるほうがヒット率が高いか・・・を競ったこともありました(イヤイヤ、そういう時代だったのですよ)。色々阿呆もやりましたし、真剣に本音で語り合いもしました。
お互いの結婚式では友人代表としてスピーチもし合いました。
現在は奥さんと二人の息子(6歳・4歳)の四人家族で生活しています。
大学を卒業してからは電話で連絡したり、旨い酒があった、と言っては送りあったりしていただけだったのですが、結婚して家族ぐるみの付き合いが始まってからは、彼らが京都に来たり、こちらが三重に遊びに行ったりするようになりました。お互い子供同士・奥さん同士もとても仲が良く、色々な話題で盛り上がります。若い時に比べると話題の幅はぐんと広がりました。
最近では『竹の音』でライヴをやるたびに家族連れで観にきてくれます。
ありがたいです。
というのも彼は今でこそ「普通のおっさん」になってしまいましたが、旺年(?)の彼はとても優れたバンド・フロントマンだったのです。ハッキリ言って彼より印象的なステージングを観せてくれるヴォーカリストを僕は今日まで知りません。聴衆を「ノセル」ことに関しては素晴らしい才能を持っています。
話しを元にもどしましょう。
親友が住む街への家族旅行。
そこにニクイ演出は何もありませんでした。
ずっと雨が降っていました。
スペシャルなことは何も起こりませんでした。
でもやっぱり大事なのはそこに気のおけない親友が居るということ。
心地が良いのです。
嬉しそうな子供たち、そして満面の笑みで暖かく迎えてくれるK氏夫婦。
僕にはこういう親友が三重県以外にもホントにたくさん居ます。僕の自慢の親友たちです。
僕は彼らのことを誇りに思っています。
次回の再会を固く約して、心の洗濯をして帰京したリフレッシュ効果大の家族旅行でありました。
ですが世間一般に言われる 「親友」 の数に関しては比較的多いほうであると自分では思います。
「友達」 と 「親友」 の違いが世間でどう定義されるのか知ったこっちゃありませんが、少なくとも僕の中では彼らに 「友達」 という言葉を当てはめるにはあまりにもその言葉の持つニュアンスが「軽過ぎる」のです。
京都、三重、富山、滋賀、大阪、など・・・で暮らしている親友たち・・・。
付き合い始めて今年でもう24年目を迎えたヤツもいます。もちろん時々連絡も取り合いますし、呑みに行ったりもします。「お前とはもう一生くされ縁じゃ!」と呑みながら笑ったりします。悪態をつきながらでも心は通い合っている・・・、本音で語り合える・・・、居心地が良いのです。
考えてみるとやはり10代の多感な時期を共に悩み、共に笑い、共に泣き、共に喜び、共に戦った、言わば 「戦友」 のような感情と言ったら良いのでしょうか。こう書くと学生時代にそっち方面の「活動」らしきものをしていたように誤解されそうですが、そんなことはありません。僕は極めてノーマルな学生でしたので。
何しろ特に10代の終わりころには、僕の個人的なことでホントに色々あったもので、彼らは一緒にとことん悩み、とことん語り、僕のゆかんとする道を最後まで見守ってくれました。
京都に住んでいる親友とは夜中に殴り合いの喧嘩までしたものです(彼は前歯を折ってしまいました。その時のことは今やもう笑い話ですが、申し訳なく思っています)。
若いころ、見かけによらず恐ろしく短気でワガママだった僕を、ここまで気長にしてくれたのも彼らのおかげです。
さてそんな親友の一人、四日市市に住むK氏のところにこの連休を利用して家族で行ってきました。
K氏は大学時代からの親友で、学生時代安アパートで一人住まいだったK氏の部屋で、色んな話しをしながら朝まで飲み明かすなんてことはしょっちゅうでした(余談ですが一度僕は彼の部屋で呑みすぎてホントに死にかけました。イヤなことを思い出したな・・・)。
「関西・ナンパツアー」と称して、どちらが声をかけるほうがヒット率が高いか・・・を競ったこともありました(イヤイヤ、そういう時代だったのですよ)。色々阿呆もやりましたし、真剣に本音で語り合いもしました。
お互いの結婚式では友人代表としてスピーチもし合いました。
現在は奥さんと二人の息子(6歳・4歳)の四人家族で生活しています。
大学を卒業してからは電話で連絡したり、旨い酒があった、と言っては送りあったりしていただけだったのですが、結婚して家族ぐるみの付き合いが始まってからは、彼らが京都に来たり、こちらが三重に遊びに行ったりするようになりました。お互い子供同士・奥さん同士もとても仲が良く、色々な話題で盛り上がります。若い時に比べると話題の幅はぐんと広がりました。
最近では『竹の音』でライヴをやるたびに家族連れで観にきてくれます。
ありがたいです。
というのも彼は今でこそ「普通のおっさん」になってしまいましたが、旺年(?)の彼はとても優れたバンド・フロントマンだったのです。ハッキリ言って彼より印象的なステージングを観せてくれるヴォーカリストを僕は今日まで知りません。聴衆を「ノセル」ことに関しては素晴らしい才能を持っています。
話しを元にもどしましょう。
親友が住む街への家族旅行。
そこにニクイ演出は何もありませんでした。
ずっと雨が降っていました。
スペシャルなことは何も起こりませんでした。
でもやっぱり大事なのはそこに気のおけない親友が居るということ。
心地が良いのです。
嬉しそうな子供たち、そして満面の笑みで暖かく迎えてくれるK氏夫婦。
僕にはこういう親友が三重県以外にもホントにたくさん居ます。僕の自慢の親友たちです。
僕は彼らのことを誇りに思っています。
次回の再会を固く約して、心の洗濯をして帰京したリフレッシュ効果大の家族旅行でありました。