親にねだって14歳の誕生日に、安物のアコースティックギターを買ってもらった。
毎日寸暇を惜しんで練習した。
15歳の時に学校の仲間たちとビートルズのコピーバンドをやることになった。
当時の僕の相棒N君が大のジョン・レノンファンであったため、僕はポール・マッカートニーをやることになった。おこづかいを貯めてヴァイオリンベースも買った。当時はヘフナーなどというメーカーがあったことなど知る由もなく、ヴァイオリン型のベースならどれでもいいのだろう・・・という安易な考えから、一番安かったフレッシャーというメーカーのものを買った(確か2万円ちょいくらいだった)。その頃はフラットワウンド弦の存在すら知らず、ヴァイオリンベースにラウンド弦を張って、レコードとの音の違いに悩んでいた。フラット弦の存在を知った時はあまりのカルチャーショックで気絶しそうになった。

その後、N君と僕が大喧嘩をしてバンドは解散。新たにバンドを立ち上げることになり、その頃すっかりマッカートニーに心酔してしまっていた僕は、やはりそれならウィングスでしょう!とウィングスのコピーバンドを始めた。17歳の時だった。



どうしてもカタチから入ってしまうという悪い癖を持った僕は、当然のようにポールが使っていたリッケンバッカーのナチュラルカラー、#4000とも#4001ともつかない、あの中途半端(?)な仕様のベースが欲しくなった。
しかしそんな高価な楽器が17歳の鼻たれたガキに買えるはずもなく、結局また必死で貯めた金で買ったのは、当時フェルナンデスから出ていたRB80PMというコピーモデルだった(その後20歳まで僕はベーシストとしてステージに上がった)。

そのベースで僕はめちゃくちゃ練習した。
今までの生涯の中で多分一番練習しただろう。
どんな複雑なベースラインやリズムでも弾きながら歌う自身があったし(今は絶対無理!)、実際ポールが弾きながら歌っている映像などを観て、カッコいい!自分もこうなりたい!と思った。



ウィングスはポール・マッカートニーの 「ロックな部分」 がおおいに活かされたバンドであったと思う。
特にライヴアルバムである 『USAライヴ!』 の後半のポールのシャウト、フェイクはまさにロック以外のなにものでもないし、『バック・トゥ・ジ・エッグ』 に収録された 「ロケストラのテーマ」 での、ピート・タウンゼント、ジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズ、デイヴ・ギルモアら、当時のブリティッシュ・ロックの大物23名とのセッション大会は圧巻だ。
もちろんメロディ・メイカーであるポールらしく、美しく切ないバラードも健在だ。

とにかく、何をおいても楽器の練習にあけくれたあの時の気持ち・・・。

僕はポール・マッカートニーに宝物をもらった。