事実は小説よりも…映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』 | 本と映画と。

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好きな本(日本の小説、英語の小説、韓国の小説)のレビューを書いていく予定です。映画のレビューもときどき。

 映画館の上映情報を確認して「上映時間:206分」という表示を見た時には目を疑いました。“3時間36分の映画? まさか!” 

 覚悟を決めて観に行ったのですが、結論から言うと206分は「あっという間」でした。

 1920年代のアメリカ・オクラホマ州で実際に起こった先住民オセージ族の連続殺人事件を題材にしたノンフィクションを原作としているのですが、これが現実に起こったことだとは信じがたいほどの衝撃とドラマ性がありました。

 美しく生き生きと描き出されるオセージ族の人々の祝祭のシーン。赤ん坊が生まれると神に感謝の祈りを捧げ、神から名前を授かるという場面はひときわ鮮やかで喜びにあふれています。そこに突然差し込まれる怪死事件の数々が、まぶしかった画面をどんどんと暗く禍々しいものに変えていきます。

 オセージ族の有力者の娘モリーと、白人で従軍後に叔父ウィリアム・ヘイルを頼ってオクラホマに住み着いたアーネスト夫妻の周辺で次々と人が死んでいくのですが、見ているものはずいぶん早い段階で、この事件の黒幕が誰なのか、黒幕に指示されて動いたのは誰なのかを知らされて、驚くことになります。

 この夫婦の描き方が、なんとリアルなことか。

 ふたりが出会い、恋におちて結婚するまでは、まるで『タイタニック』をほうふつとさせるようなロマンチックさで(アーネストは『タイタニック』でジャックを演じたレオナルド・ディカプリオ)描かれていきます。私は、初めてモリーの家に招かれたアーネストが、嵐が来たからと窓を閉めようとして、モリーに止められるときのやりとりが好きです。風雨が吹き込んでも窓は開けたまま。バタバタ動かない。おしゃべりもしない。心を静めて、嵐の音を聞き、風を感じるのがオセージの人々の自然との付き合い方だと、アーネストは教わるのです。

 映画が進むにつれて、そんなロマンチックな出会いがあったことが信じられないほど血なまぐさい展開になっていくのですが、それでもなお、この夫婦の根底には愛情があるように描かれています。愛があっても人は人を欺く。そういう愛もあるのだということが、しぐさや表情のひとつひとつから伝わってきて、それが「真実」としてすとんと胸に落ちる。その説得力はディカプリオとモリー役のリリー・グラッドストーンの名演技によるところもありますが、やはりこのこの作品がノンフィクションであることの強さが光っています。

 オイルマネーで豊かな暮らしをするオセージ族への妬みと人種差別的感情が複雑に絡み合うさま、地域ぐるみで行われる組織的犯罪の闇、FBIの前身である司法省捜査局の活躍など、作品には興味深いテーマがいくつも登場しますが、私にとってもっとも魅力的だったのは、モリーとアーネスト夫婦の愛と憎しみの物語でした。

 特に、アーネストに関する「愛情深い夫」や「献身的な夫」のイメージは、映画を盛り上げるために新たに付け加えられた要素なのかと疑いましたが、実際のアーネストも確かにモリーを愛していたことが、さまざまな記録から明らかなようです。この夫婦関係の謎については、原作となったノンフィクションの翻訳版(『キラーズ・オズ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』早川書房、デイヴィッド・グラン著、倉田真木訳)を読んでじっくりと考えてみたいと思います。

 これだけの長尺を息もつかせないほどのサスペンス大作にまとめ上げたマーティン・スコセッシ監督の力量に感動を覚えました。

 ヘイルを演じたロバート・デニーロは、文句なしに素晴らしかった。脱帽です。

 ディカプリオが「クズ」を演じて様になるとは、新たな発見でした。ジョニー・デップと共演した『ギルバード・グレイプ』を久しぶりに観たくなりました。いい映画ですよね。10月にリバイバル上映があったらしいです。知りませんでした。

 モリーを演じたリリー・グラッドストーンの静かで強い演技が光りました。『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016年)の牧場主役で賞賛を浴びたそうなので、観てみたいと思います。

 

予告編はこちらから

映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』公式サイト (kotfm-movie.jp)