私が曲作りを始めたきっかけは、15年くらい昔、まだガラケーを使っていた頃、携帯の着信音を自分で作りたいと思ったことです。
当時の携帯は4和音しかなく、着メロもつまらないものばかりでした。
そこで、5千円くらいの着メロ対応の作曲ソフトを買い、それで曲作りを始めました。
いわゆる、”DTM”(デスクトップミュージック)というやつです。
安いソフトなので機能も基本的なものしかなく、自分で音符を入力し、コードも伴奏も自分で作るものです。
途中で音量を変えるとか、テンポを変えるとか、細かい音符の加工などは当然出来ません。
それから半年も経つと曲作りにも飽きてきて、その後10年くらいはDTMはやっていませんでした。
しかし数年前から、YouTubeやブログ、SNSをやるようになると、自分で作った曲をインターネットに公開して聞いてもらいたいと思うようになり、DTMを再開しました。
今でもソフトは昔のものを使っています。
実は最近もっと良い作曲ソフトはないかとインターネットを検索し、某ソフトの試用版をダウンロードしてみました。
機能は豊富でメロディさえ作ればコードも伴奏も自動的に作ったくれるし、アレンジパターンも1000種類以上もあります。
しかし、使い方が難しく覚えるのが面倒なので使うのはやめにしました。
パソコンにはあまり頼りたくないし、出来栄えよりもオリジナリティを重視したいというのが私の気持ちです。
素人の趣味にそんな高機能なソフトは必要ありません。
DTMで作曲をしていて感じる致命的な欠点は、人が演奏するような臨場感あふれる表情豊かな曲を作るのが難しいことです。
今はパソコンの高性能化が進み、DTM関連の機材やソフトも高機能、高音質化してるので、かなり生演奏に近いものが作れるようになりましたが、私にはまだそこまでの技術はありません。
音楽は、音の長さ、強さ、高さ、速度、音色によってほぼ決まってきます。
曲の印象は、速度と強弱、音色によって大きく変わってきます。
このうち、速度と強弱はDTMでは表現しきれないものなのです。
今回はこの、速度と強弱についてお話します。
音の強さはデシベル(db)という単位で表され、人間が耐えうる最大値は130デシベルとされています。
(ジェットエンジンの近く=120デシベル、カラオケ(店内中央)=90デシベル、普通の会話=60デシベル、静かな住宅地の昼=40デシベル、木の葉のふれあう音=20デシベル)
オーケストラの最強音は約110デシベルで、最弱音は約40デシベルです。
但し、音楽の場合は無音(静寂)も音楽のひとつとしてとらえるので、正しくは0デシベル~110デシベルです。
ここで話をそらして、音楽に関する静寂についてお話します。
「音楽は静寂に始まり静寂に終わる」という言葉があります。
本来音楽は静かな環境で聴くものです。
オーケストラの楽曲の中には、4分33秒(よんぷんさんじゅうさんびょう、4'33")という、全楽章が全て“休み”という曲もあります。
部屋でCDやレコードを鑑賞する場合も、コンサート会場でオーケストラの演奏を鑑賞する場合も、周りがざわざわしていては音楽は始まりません。
オーケストラの演奏は指揮者が指揮棒を振り始めてからではなく、演奏前の静寂な状態の時からもう始まっています。
そして曲の終わりには一瞬の静寂な状態が訪れます。
この静寂の中で聴衆はそれまでの演奏を振り返り、様々な思いを巡らせるのです。
演奏会で奏者に対して失礼なのは、演奏が終わらないうちに拍手をすることで、これではせっかくの演奏も台無しになってしまいます。
サウンドオブサイレンスという曲がありますが、静寂こそが音楽の原点です。
音楽は人に安らぎを与えてくれますが静けさも同様です。
我々が普段テレビや街中で聞く音楽は、音楽が勝手に聞こえている状態であり、こちらから音楽を鑑賞しているのとは違います。
話を元に戻します、
音楽では音の強弱は、f(フォルテ) P(ピアノ) mf(メゾフォルテ) mp(メゾピアノ) ff(フォルテシモ) pp(ピアニッシモ)などの記号が使われます。
これらの記号は具体的にどれくらいの強さかという決まりはなく、曲によっても違ってきます。
同じフォルテでも、演奏によっては優しいフォルテ、固いフォルテ、重いフォルテ、荒々しいフォルテなどを使い分ける必要があります。
モーツアルトのフォルテとバッハのフォルテを同じように演奏したら、滑稽でおかしな演奏になってしまいます。
ところがDTMでは、音の強弱はヴォリュームコントロールを使って調整するので、このような心情的な細かい表現は困難です。
ピアノは強く弾けば強い音が、弱く弾けば弱い音が出ます。
しかしMIDIキーボードでは、強く弾いても弱く弾いても一定の同じ音量しか出せません、
また、音を漸次的に強くする、クレッシェンド(<)も、ただヴォリュームを次第に大きくしても作曲者が望むようなクレッシェンドの心象はありません。
説明するのは難しいのですが、演奏者はクレッシェンド記号にはとても敏感です。
譜面の中にクレッシェンド記号を見つけると、演奏者はそこから精神的な緊張感のようなものが湧いてきます。
(よし、ここから次第にクレッシェンドだ!、ここは一気にクレッシェンドだ!という風に)
そして、クレッシェンドと共に気持ちも高揚し、それが演奏にも反映されてくるのです。
これはまさに、愛の営みをしている男女の感情が次第に高まっていく情景と似ています。
「あ~ん、もっと強く」「もっと優しくして~」と悶える女性に、バイブレータのように機械的に対処したのでは、女性はエクスタシーを得られません。
やはり、音楽には感情が籠っていることが重要なのです。
続いて曲の速度についてお話します。
音楽では速度を表す色々な記号があります。
速度を表す音楽記号を速い順に並べてみると、大体以下のようになります。
Prestissiimo-Presto-Allegro-Allegretto-Moderato-Andantino-Andante-Adagietto-Larghetto-Adagio-Largo-Lento,Grave
これらの記号は速度の他に曲の気分や表情も表していて、ある曲のAllegroが別の曲のPrestoよりも速いことも容易にありえます。
(アンダンテは歩くように、アダージオは心地よい、アレグロは陽気に)
速度に関する感じ方は人によっても違うので、同じAndanteでも演奏者によって速さは異なります。
昔と今では人が歩く速さもかなり違うのではないかと思います。
その他、速度に対して表情をつける記号も沢山あって、Viv o(快活に)、Vivace(いきいきと)、Animato(活気をもって)などや
Allegro con brio(快活をもったアレグロ)、Allegro con moto(動きをもったアレグロ)、Allegro con fuoco(情熱をもったアレグロ)、Allegro con spirito(元気のよいアレグロ)、
Andante cantabile(歌うようなアンダンテ)、Andante grazioso(やさしさもったアンダンテ)、Andante grandioso(堂々としたアンダンテ)、Andante misterioso(神秘的なアンダンテ)等があります。
これらの音楽記号は、作曲者が演奏者にどのよう演奏して欲しいかを指示するもので、DTMでは表現することは不可能です。
第一「歌うようなアンダンテ」と指示されて、それをどうやってパソコンで表現するのでしょうか?
また、音楽ではアゴーギグと言って、表情を与えるたために、曲の途中で速度を変えることがよくあります。
サビに向かってだんだん速くするとか、曲の終わりに向かってだんだん遅くするとかです。
むしろ、初めから終わりまでずっと同じ速度で演奏する方が珍しいのです。
音楽のテンポは人の脈拍が元になっているそうですが、人間が演奏するのであれば、気分次第で速度を変えることは割と簡単です。
しかしDTMでこれを実現しようとすると、この小節は速度=100、次の小節は速度=101、その次の小節は速度=102というふうに数字で指定しなければなりません。
非常に機械的であり、面倒くさい作業です。
しかもそうやって作った音楽が人に評価されるとは限りません。
DTMでは、”自分はこういう風な曲にしたい”というイメージがあっても、全くその通りに演奏させることは不可能です。
鼻歌を歌うようにうまくは行かないのです。
ですから、ある程度曲が完成したら妥協することも肝心です。
所詮、機械が演奏していると割り切ってしまうことです。
最後に曲の速度に関連して、私がカラオケが嫌だなと思うのは、カラオケは人にテンポを合わせてくれないことです。
以前、AKB48の歌に挑戦したら、速度が非常に早くてついていけないことがありました。
カラオケの音楽はほとんどがコンピュータで作られています。
初めに速度を設定するとカラオケは人を無視して無情に流れていきます。
つまり、人がカラオケに無理やり合わせている状態です。
カラオケには字幕がありますから、その通りに歌えば一応メロディに合わせることができます。
でも、もし字幕が無く初めて歌う曲だったら、きちんと曲に合わせるのは難しいと思います。
フレーズの頭はどこなのか、音はどれくらい伸ばせばいいのか? 何度か練習をして体感しなければ上手く歌えないでしょう。
シンガーソングライターは自分の歌に合わせて楽器を演奏します。
ですから、歌と演奏がピッタリ合っていて、心地よく聞くことができます。
前述した通り、速度に対する感覚は人によって違います。
同様に人が気持ちよく歌える速度も人それぞれ違うのです。
プロ歌手であれば正確性が求められますが、素人はそんな必要はありません。
自分が気持ちよく歌えればそれで良しです。
一曲例を挙げると、「大きなのっぽの古時計」という歌は、歌う人によって著しくテンポが異なります。
100くらいの速めに歌う人も、70くらいの遅めに歌う人もいます。
歌の最後の「今はもう動かないこの時計」の個所では、テンポを少し遅くして表情をつけたりもします。
しかしカラオケでは、予め決められたテンポで歌わなければならず、途中でテンポを変えることも出来ません。
カラオケは例えれば、老人を介護している人が、老人の歩く速さを無視して自分だけさっさと歩いている状態です。
老人は無理をしてその人の歩く速さに合わせなければなりません。
カラオケはなんて不親切で思いやりの無い機械なんでしょうか!
伴奏は伴走と似ています、
人がカラオケに合わせるのでなく、カラオケが人に合わせるべきだと私は思います。