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文部科学省では、東京オリンピック・パラリンピックを迎える2020年を見据え、小・中・高等学校を通じた新たな英語教育改革を順次実施できるよう検討を進めているそうです。
今後の日本は外国語を用いたコミュニケーションを行う機会が格段に増えることが想定され、「グローバル化の進展の中で、国際共通語である英語力の向上は日本の将来にとって極めて重要である。」と謳っています。
グローバル化とは要するに、国と国の隔たりを小さくして、ヒト・モノ・カネの動きを活発化させようということです。
グローバル化が進み自由に国境を越えて他国に入国することが可能になれば、多くの外国人が日本にやってくるでしょう。
また、少子高齢化が進み経済人口が減少すれば、外国人労働者の力に頼らなければならない時代もくるかもしれません。
将来は外国人と普通に会話ができる事が一般常識化すると予想されます。
しかしそうは言っても、東京オリンピックまであと3年しかないのに、どれだけの人が英語に堪能になれるのでしょうか?
3年後はともかくとして、今の小・中・高校生が社会に出て活躍する10年、20年後には、国の思惑通り、彼らは英語を流暢に話せるようになっているでしょうか?
これはかなりハードルが高いのではないかと個人的には思います。
日本で英語教育が始まったのは明治維新からです。
当時は小学校から英語の教育が行われていましたが、その後日本語を重視した教育方針への転換にあたって小学校での英語教育は中止されました。
第二次世界大戦中は、敵性国の言語であった英語は排斥され、既に定着していた言葉も日本語へと置き換えられるようになりました。
そして終戦後、英語教育は復活し、中学校や高等学校では英語の授業が再開されました。
グローバリゼーションが進む中で英語教育に関する考え方は日々変化しています。
現在では、明治維新以来初めて小学校での英語教育が再開されています。
しかし、度重なる制度改革にも拘わらず、日本人の英語力が他のアジア諸国と比べて低いことは否めません。
かつての日本の英語の授業は文法が中心で、話すことは軽視されていました。
実際に英語を使うために学んでいるのではなく、試験で良い点をとり、受験で格差をつけるために英語を学習していたのです。
英語で会話する機会も少なく、英語を学ぶ目的すら明確ではありませんでした。
やはり英語を学習するからには、しっかりとした目的が必要です。
例えば通訳になりたいとか、外国の大学に行って何かを学びたいと言うことであれば、その方向に目指す大きな「意味」はあると思います。
日本での英語の授業は、基本的に日本語が理解できていないと英語も理解できません。
これは日本の英語の授業が、文法や英文解釈が中心になっていることに所以します。
そのため、穴埋め問題や英文和訳などは解けても、英会話は苦手な人が多くいるのです。
一般的に日本人は、外国人と英語で話す場合、頭の中で日本語を英語に訳してから話し出ます。
逆に相手の言葉は、英語を日本語に訳してから理解しようとします。
当たり前の話ですが、外国人は頭の中で英語を日本語に訳したりはしません。
英語を日本語に訳す必要があるのは、通訳や翻訳などの特殊な職業の人たちであって、一般の英会話では全く不要です。
英語は英語のままで理解すれば済む話なのです。
昔私が英語の原書を読んでいると、「お前英語の本なんか読んで理解できるのか?なんて書いてあるのか訳してみてくれよ」と言われたので、「悪いけど英語は英語のまま理解しているから日本語には訳せないんだ。だって外人は日本語が解らなくても英語を理解しているよ」と応えると、「それはなかなか上手い言い訳だね!結局君はそんなに英語を理解していないんだろう」なんて馬鹿にされ、かなり愕然としました。
英会話をマスターするには、間違いを恐れずに、外人と多く会話するのが一番ではないかと思います。
滝沢カレンさんが変な日本語を使うことで人気になっていますが、英語に不慣れな日本人が、多少変な英語を使っても外人もそんなに気にはしないでしょう。
だって、日本人ですら、正しい日本語を使えていない人がいるのですから。
会話力と文章力が別のものであると同様に、英語力と英会話力もイコールではありません。
会話の種類は2種類あり、1つは「相手との関係を維持するための会話」、もう1つは「情報伝達型の会話」です。
つまり、前者が「決まり文句や簡単な文法でカバーできる会話」、後者が「高度な文法運用力が必要とされる会話」となります。
英会話をマスターするには、後者の会話を制覇する必要があります。
日常会話を母国語と同じくらいのレベルにしたい人は、文法も意のままに操れるレベルまで高めておく必要があるのです。
英文法を理解していなくても、かなりの英語を話せるようになることも事実です。
しかし、文法がないがしろの英語は、聞き手にとっては大きなストレスになります。
正しい文法を身につけることによって、カタコト英語から大きく脱皮し、外人が違和感なく理解できる自然な英語を話せるようになるのです。
中学生レベルの英語力でも、日常会話程度ならなんとか成立するという人もいます。
しかしそれは、1対1の英会話の場合で、相手がこちらの英語レベルに合わせて話してくれるから成り立つのです。
日本語の会話も同様で、小学生と話す言葉と大人と話す言葉は使い分ける必要があります。
ネイティブと対等に会話したければ、英語レベルを相手と同等にしなければなりません。
あまりにも稚拙な英語力では、相手にストレスを与えるばかりか品格までも疑われてしまいます。
英語は同じスタートラインから学び始めても、成績は良い生徒と、そうでない生徒の差が大きいのが特徴です。
英文は、単語の意味が或る程度分かっていれば、あてずっぽうで「こんな意味だろう」と理解できます。
しかしそれでは、”なんとなく分かった”というレベルで、正しい意味やニュアンスを理解しているわけではありません。
伸びる生徒は、英文の細かいニュアンスまでもきちんと理解して訳そうとします。
そして、適当に誤魔化したりせずに、論理的に英文を解釈しようとするのです。
たとえその答えが間違っていても問題ではありません。
重要なのは、あてずっぽうで間違えたのか、ほんとうにそうだと確信しながら間違えたかです。
確信しながら間違えた答えは、後から訂正することが容易ですが、あてずっぽうでは何故間違えたのかさえ分かりません。
英語はとても論理的な言語です。
つまり、論理的に物事を考えることが得意な人は、英語を覚えるのに向いていると言えます。
日常会話なら別に考えながら話さなくてもなんとかなりますし、むしろ考えながら話していたら会話が進みません。
深く考えずに思ったことを口にすれば、なんとか成立するのが日常会話のレベルです。
しかし、高度な情報伝達型の会話や、読解力、文章力には論理的に考える能力が必要です。
私は英語の論理的なところが好きだし、性格も結構理屈っぽいところがあるので、英語はなるべく論理的に覚えようと努力していました。
その甲斐あってか、英語の成績だけは結構良いほうでした。
今はもう年なので、またこれから英語を勉強する気はありませんが、学生時代に勉強したことは今でもとても役に立っています。
英語を勉強する人は、是非論理的に英文を解釈することをお勧めします。

