触れずにいたものへ、ふれていく

触れずにいたものへ、ふれていく

気づかないふりをやめて、足元を整えていく

私はずっと、
「一番分かり合える人」
「一番心が通じる人」
そういう存在を、どこかで求めていた気がします。


特に、心が深く繋がる感覚を持った相手には、
「この人こそ特別なんじゃないか」
「この人が全部なんじゃないか」
そんなふうに思いたかった。


でも、感覚が少しずつ変わってきました。


人間関係って、
本当はもっと立体的なのかもしれない。


ある人とは、一緒にいるだけで癒される。
ある人とは、現実を支え合える。
ある人とは、深い話ができる。
ある人とは、安心感がある。
全部を一人が担うとは限らない。


むしろ、
一人の人が全部を満たす形の方が稀なのかもしれない。


もちろん、

一人の人と、すべてを感じあって、そういう方もいるかも知れない。


私は、どんな在り方も、否定したくはありません。


私はツインといる時間に、一番、癒されます。
でも、現実的に一番支えてくれているのは夫です。


長い時間を共に生きて、
生活を支え合って、
時にはぶつかりながらも、
結局また普通に隣にいる。
それもまた、深い愛なんだと思います。


昔は、
「誰が一番か」
「どの関係が特別か」
そんなふうに、答えを決めたかった。


でも今は、
「それぞれ違う形で大切」
そう思えるようになってきました。


心を癒してくれる存在。
現実を共に生きてくれる存在。
成長を促してくれる存在。
それぞれ役割が違う。


全部を一人に求めなくてもいい


自分の全てを共有しなくていい


それは諦めではなく、
人との繋がりを、以前より自然に見られるようになった感覚なのかも知れません。