今日の東京は、朝晩と雨が降り、肌寒い一日でしたね。

今日は一日部屋の片付けをし、ガスのファンヒーターを準備。これで、いつ寒くなっても大丈夫ですね。杉並区の予報では今度の11月2日(金)以降急に寒くなって、最低気温が一気に7度まで下がるとのこと。

昨日読み終わった本「官僚の責任」・・・前からずっと読みたいと思っていた本です。

ようやく図書館の予約で入手。

古賀氏は、結局経済産業省を辞職に追いやられた後、大阪維新の会で、橋下氏の特別顧問に。ただ、最近の記事では財務省を辞職した高橋洋一らとともに、大阪維新の会(大阪市?)の特別顧問も辞任すると見られると・・・。

ネットの記事では、何が本当かわからないけど、この本を読んでいる限り、古賀氏は真に省益ではなく、国民の利益を考えた数少ない官僚ではなかったかと・・・。古賀氏が今の日本の官僚のあり方に疑問を持ち、この本を書かざるを得なかった理由もこの本を読んでいるとわかりますね。

あまりにも国民を無視した官僚の行動、考え方には、腹立たしくなるとともに、事実を知ればしるほど、自分たちの保身に走る官僚たちは、人間として情けなくなりますね。

以下、古賀茂明著「官僚の責任」からの抜粋です。

国家公務員は一度ある省庁に入ると、生涯、所属が変わらない。言ってみれば「財務省株式会社」や「経済産業省株式会社」に就職するようなもの。

民間企業であれば、自分の所属する会社の利益のために働くのは当然だ。利益をあげるのに貢献したものが会社側から高く評価されるのをも、その結果、社員の待遇が良くなるのもまた至極当然。

極言すれば、社員はそのために存在すると言ってもいい。「社の利益を犠牲にしてまで国民のためになることをせよ」とは言われないだろうし、考える必要もあまりないだろう。

しかし、国家公務員がそうであっては困るのだ。どんなときでも、どんな事柄に対しても、つねに、「それが国民のためになるか」を第一の判断基準にしなければならないのが、国家公務員である。

省利省益と縄張り確保を第一に考え、国民の利益をないがしろにすることがあってはならない。ましてや省益のために貢献した者が評価され、退職後も優遇されるなど言語道断だ。

にもかかわらず、そうした悪習がいっこうにやまないのは、年功序列、身分保障とともに、いったん入省したら未来永劫、所属が変わらない縦割りの組織構成に理由がある。

各省の中に、自分たちの生活を守る仕組み、言い換えれば、互助会ができあがっているのだ。国民のことを第一に考えれば、その仕組みをみずから壊さざるをえない場合もある。

だから結局、国民の利益は最優先されないし、所属が変わらないということは、その組織の論理に従わなければ生きていけないことを意味するので、脱落しないために、天下りポストをつくったり、予算をできるだけ多く取ってくることに奔走するようになる。

所属する省への利益誘導体質を拭えなくなるのだ。

・・・

求められるのは、その時々の重要課題に応じて、組織と人を最適配分できるようにすることである。

そのための方法が、「内閣人事局」を新設し、全政府的見地から人事管理を一元化するというものである。とくに幹部職員の人事については、総理と官房長官と各省の大臣が相談して行うようにすべきだ。

・・・

つねに国民のことを考えて思考し、行動しなければならない国家公務員であるならば、少なくとも課長以上の国家公務員は「自分は○○省所属である」との意識は棄て、「自分は国家公務員である」と認識しなければならない。それだけでも気持ちはずいぶん変わるはずだ。

なぜなら、全員がその省にいつまでいるかわからないのだから、省の利益を第一に考慮する必要がなくなるし、上司や先輩の意見を絶対視しなくてもかまわなくなる。つまり、省ではなく、国民の方を向いて仕事をするようになるはずだ。


この本を読んでいると、ほんと石原慎太郎氏が主張する「中央官僚の圧制から国民を解放する」というのは、まさに今、解決しないとほんとこの国の将来はどうなってしまうのかと思わざるを得ないですね。

この官僚制度・・・、省益を超え、国民のことを考える官僚制度の実現はいつになるのか、憂えてしまいます。(それにしても、民主党が、野田政権が官僚の傀儡政権になってしまったのは残念です)一刻も早い官僚制度の改革を期待します。