昨日はGinzaでの年1回の東京での高校同窓会。なんと13時から18時が一次会。その後21時まで二次会を有楽町で。その後三次会に行った人たちも・・・。
仙台では、毎年正月2日に卒業以来毎年、東京では3月最終土曜日ということで、今回が7回目。昨年は地震の後ではあったが、20数名集まったかなぁ。そして、今回は今までで一番多く30名強集まっただろうか。
仙台からもなんと5名が参加。
今年初めて参加した人・・・。何年ぶりかに参加した人、毎年参加している人・・・。
ボクも今回で5年連続の参加。
今まで、高校時代には話したこともなかった人と気軽に話せるのは、なんか面白い。でも、高校時代に一度も話していないのに、さすが東京医科歯○大学の教授には近づき難かったが・・・。
確かに、男子校であり、高校時代というのは、同じクラスか同じ部活の人でないと、なかなか友達はできなかったかなぁ。と言う意味では、なかなか積極的に同窓会行こうという気も起こらないが、行ったら行ったで、そこで新しい友人ができるのも面白いですね。(女性がいたら、また雰囲気も違っていて楽しいんだろうけど・・・こればっかは、男子校の宿命。仕方ないですね)
たまたまボクのクラスの友人が、仙台でも東京でも幹事役を毎年引き受けている関係で、まだボクは行きやすいのかも。ボクのクラスは文系と理系が半々ずつ。医学部や歯学部に行ったのが6,7人かいるかと思えば、東京芸大に行ったものも・・・
それにしても、昨日集まったのは、大学の教授に、医者、歯医者、官僚、自衛隊幹部、公認会計士、建築士、マスコミ、外資系製薬会社、電力会社、ガス会社、商社、金融機関、メーカーなどなど多彩な顔ぶれ。
仙台で集まる時は、大学教授、公務員(市役所、県庁、高校の先生)、医者、歯医者、と地元企業が大半なのと比べると、いろんな話しができて面白いかなぁ。
同じ同窓生の中には、大蔵省に行ったものも。今では地方の財務局のトップに。部活が一緒で仲の良かった友人は、陸上自衛隊幹部に。
今回の東日本大震災では、救援活動、救助活動の陣頭指揮も一時執っていたようだ。
大震災直後に現地に入り、話を聴いていると涙がでてきそうになった。確かに、自衛隊の隊員の活動は断片的に伝わるが、彼らは決して、自分たちからそれを宣伝することはない。それが彼らの美学だと。
どんなに苦しくても、大変でも。泣き言ひとつ言わず、どんな環境でも立ち向かう・・・。
そんな彼らには、感謝の言葉だけが励みになると。「ありがとう」のひと言があれば、どんなに苦しくても辛くても、彼らは頑張れると。
友人の話しによるとこういうこともあったようだ。
部下たちが遺体の捜索をしている時に、子供夫婦と孫が行方不明のおばあさんに頼まれ、津波で倒壊した自宅のあった場所を捜索。何も見つからない中、夕方暗くなって、「最後にここだけ掘ってください。この下に孫がいると思うから掘って下さい」と泣いて頼まれた隊員。おばあさんを見捨てるわけにもいかず、最後にその頼まれた場所を、何か出てこないかと、必死に掘っていたら、その孫がとても大事にしていたウルトラマンの人形が出てきたと。孫の形見が見つかり、大泣きするおばあさんの話しには、涙がでてきたなぁ。
自衛隊員も人間。いろんな悲しみに毎日出会っているなか、自衛隊員の中では毎日自分たちの活動内容を夜、報告しあい、自分たちの悲しみを心の中に仕舞うのではなく、お互いシェアすることで、隊員たちの心のケア活動も行っていたと。
テレビでは、自衛隊員の救助活動、捜索活動を見ていると、なんか当たり前のように見ていたが、彼らも自分たちと同じ人間。福島の原発事故にも恐れることなく立ち向かっているようだ。誰かが行かなければならないと言う時に、自分たちがその使命を果たす覚悟ができているのが自衛隊員だと。
このような自衛隊員・・・確かにこの国を、国民を守る使命感を持つ彼らがいるというのは、どれだけ勇気づけられることか。今回の震災での救援、救助活動には、ほんと心から感謝の言葉を贈りたい。
こういう友人を持てたことがボクにとっても少しだけ誇らしく思えたかなぁ。
これまで感謝することもなく、なんか自衛隊の人が救援活動をするのは当たり前と思っていたが、昨日は「ありがとう、自衛隊の皆様!」と言わずにはいられない気分になった。
仙台では、毎年正月2日に卒業以来毎年、東京では3月最終土曜日ということで、今回が7回目。昨年は地震の後ではあったが、20数名集まったかなぁ。そして、今回は今までで一番多く30名強集まっただろうか。
仙台からもなんと5名が参加。
今年初めて参加した人・・・。何年ぶりかに参加した人、毎年参加している人・・・。
ボクも今回で5年連続の参加。
今まで、高校時代には話したこともなかった人と気軽に話せるのは、なんか面白い。でも、高校時代に一度も話していないのに、さすが東京医科歯○大学の教授には近づき難かったが・・・。
確かに、男子校であり、高校時代というのは、同じクラスか同じ部活の人でないと、なかなか友達はできなかったかなぁ。と言う意味では、なかなか積極的に同窓会行こうという気も起こらないが、行ったら行ったで、そこで新しい友人ができるのも面白いですね。(女性がいたら、また雰囲気も違っていて楽しいんだろうけど・・・こればっかは、男子校の宿命。仕方ないですね)
たまたまボクのクラスの友人が、仙台でも東京でも幹事役を毎年引き受けている関係で、まだボクは行きやすいのかも。ボクのクラスは文系と理系が半々ずつ。医学部や歯学部に行ったのが6,7人かいるかと思えば、東京芸大に行ったものも・・・
それにしても、昨日集まったのは、大学の教授に、医者、歯医者、官僚、自衛隊幹部、公認会計士、建築士、マスコミ、外資系製薬会社、電力会社、ガス会社、商社、金融機関、メーカーなどなど多彩な顔ぶれ。
仙台で集まる時は、大学教授、公務員(市役所、県庁、高校の先生)、医者、歯医者、と地元企業が大半なのと比べると、いろんな話しができて面白いかなぁ。
同じ同窓生の中には、大蔵省に行ったものも。今では地方の財務局のトップに。部活が一緒で仲の良かった友人は、陸上自衛隊幹部に。
今回の東日本大震災では、救援活動、救助活動の陣頭指揮も一時執っていたようだ。
大震災直後に現地に入り、話を聴いていると涙がでてきそうになった。確かに、自衛隊の隊員の活動は断片的に伝わるが、彼らは決して、自分たちからそれを宣伝することはない。それが彼らの美学だと。
どんなに苦しくても、大変でも。泣き言ひとつ言わず、どんな環境でも立ち向かう・・・。
そんな彼らには、感謝の言葉だけが励みになると。「ありがとう」のひと言があれば、どんなに苦しくても辛くても、彼らは頑張れると。
友人の話しによるとこういうこともあったようだ。
部下たちが遺体の捜索をしている時に、子供夫婦と孫が行方不明のおばあさんに頼まれ、津波で倒壊した自宅のあった場所を捜索。何も見つからない中、夕方暗くなって、「最後にここだけ掘ってください。この下に孫がいると思うから掘って下さい」と泣いて頼まれた隊員。おばあさんを見捨てるわけにもいかず、最後にその頼まれた場所を、何か出てこないかと、必死に掘っていたら、その孫がとても大事にしていたウルトラマンの人形が出てきたと。孫の形見が見つかり、大泣きするおばあさんの話しには、涙がでてきたなぁ。
自衛隊員も人間。いろんな悲しみに毎日出会っているなか、自衛隊員の中では毎日自分たちの活動内容を夜、報告しあい、自分たちの悲しみを心の中に仕舞うのではなく、お互いシェアすることで、隊員たちの心のケア活動も行っていたと。
テレビでは、自衛隊員の救助活動、捜索活動を見ていると、なんか当たり前のように見ていたが、彼らも自分たちと同じ人間。福島の原発事故にも恐れることなく立ち向かっているようだ。誰かが行かなければならないと言う時に、自分たちがその使命を果たす覚悟ができているのが自衛隊員だと。
このような自衛隊員・・・確かにこの国を、国民を守る使命感を持つ彼らがいるというのは、どれだけ勇気づけられることか。今回の震災での救援、救助活動には、ほんと心から感謝の言葉を贈りたい。
こういう友人を持てたことがボクにとっても少しだけ誇らしく思えたかなぁ。
これまで感謝することもなく、なんか自衛隊の人が救援活動をするのは当たり前と思っていたが、昨日は「ありがとう、自衛隊の皆様!」と言わずにはいられない気分になった。