それにしても、寒い日が続きますね。
東京以外では結構今年は、雪が降って、積もって結構大変なようですね。
火曜日からインド出張ですが・・・昨日は会社で熱が37.8度まであがり、インフルエンザ?って心配しましたが、検査したところ、とりあえず陰性とのこと。ホッとしました。
あの検査っていやですね。鼻になんかへんなこよりみたいなものを突っこまれて、ぐるぐるまわして・・・その間20秒くらいだったかなぁ。
まぁ、胃カメラの検査に比べればずっと楽ですが・・・。
でも、今日は10時間くらい寝てたのに、よくならず、やっと薬で熱を抑えている状態です。
実は耳鳴りもずーっと治らず。でも、会社にいる時はほとんと気にならないし、家でも意識しないと気にならないので・・・、気にしないことにしています。
お風呂に入ったときだけ、治った気がします。
でも、これってどういう意味があるのだろうか・・・って考えてしまいます。
この耳鳴り、最初の日だけは、明け方あまりにも音が大きくて目が覚めて、不安になり、眠れなくなりましたが、そういう自分を受け入れることによって、次の日からとりあえず、耳鳴りがしても寝ることはできるように。
唯一お風呂に入っているときだけ、治った感じがしますが、出るともとにもどります。
それと、今回の風邪・・・どういう意味があるのだろう?
いや、特に何もないのかなぁ。
先週読んでいた本ですが、冨安徳久著「1%の幸せ あなたのココロを磨く45の気づき」の18番目。なかなか良いことを言ってますね。
18 三福田
お釈迦様は仰っています。「心は田んぼのようなもの」だと。そして、三年も耕さないと荒れ地になってしまう。
しかし、私は思う。今の時代、人の心は三年ももたない。一年、 いや、半年ももたないと思っています。
だから、心には定期的に、継続的に清らかな刺激を与え、耕さないとダメだと。
なぜならば、必ず人の「理(ことわり)」として「忘れる」「慣れる」があるからだ。
だからこそ、潜在意識に落とし込まれるまで、繰り返し、繰り返し清らかな刺激を与え続ける。それが大切です。
「三福田」とは、「幸せに生きるためには三つの心(=田)が不可欠だ」という教え。
一つ目は、「敬田(けいでん)」、敬う心(=田)です。
先祖を敬い、父母を敬い、先生や上司、先輩を敬う。
リスペクトする心を持つことが大切なことだと教えている。
しかし、こんな質問をされる方もいるだろう。
「私は親に虐待を受けていました。あんなヒドイ親を尊敬なんてできない。
絶対にあんな親みたいにはなりたくない。許せない」と。
では、あなたに聞きます。「今、あなたは幸せですか?」
その人は答える。「あんな親にはなりたくない。だから、子どもにはちゃんと向き合い心から愛したい。今はそれなりに幸せにやっています。」
今がほんの少しでも幸せなら、何か一つでも良いことがあったなら、親を、先祖を敬いましょう。
なぜならば少なくとも親が、先祖がいなければ、あなたはこの世に存在しないのですから。
「産んでくれただけで、ありがとう」ですよね。
二つ目は、「恩田(おんでん)」。
これは、恩を感じる心を持つこと。感謝の気持ち、お陰様の謙虚な気持ちなど、たくさんの「ありがとう」を口にする。
「お陰様で」を常に枕言葉にする。人間は一人では生きられない。
周りに支えられていることへの感謝。
多くの人やものに支えられ生かされていることへの感謝。
天理、万物を支配する天の理、自然の理。その中で生かされていることへの感謝。これも幸福になるためには不可欠な心ですね。
三つ目は、「悲田(ひでん)」。
今の時代はこれが欠けている。私はそう思えてならない。
仁徳(じんとく)の欠如、つまり、仁徳=思いやりの欠如です。
この「悲田」とは、悲しんでいる人がいたら、助けてあげたい、何とかしてあげたい、とその悲しみを思いやれる心を持つことが大切だという教えです。
たとえ、何か直接的に手を差し伸べることは出来なくても、その悲しみや辛さを感じてあげられる豊かな心を持つことが幸福に生きるためには絶対に不可欠だという教えです。
「敬田」「恩田」「悲田」。
幸福に生きるために不可欠な三つの心(=田んぼ)がここにある。
なかなか素晴らしい教えですね。
子供たちにもこういう徳を身に付けてもらいないなぁ・・・と。
でも、その前に自分が親として、そのような人間にならないといけないですね。子供は親の背中を見て育つのだし。
今日は早く寝ないと・・・。
東京以外では結構今年は、雪が降って、積もって結構大変なようですね。
火曜日からインド出張ですが・・・昨日は会社で熱が37.8度まであがり、インフルエンザ?って心配しましたが、検査したところ、とりあえず陰性とのこと。ホッとしました。
あの検査っていやですね。鼻になんかへんなこよりみたいなものを突っこまれて、ぐるぐるまわして・・・その間20秒くらいだったかなぁ。
まぁ、胃カメラの検査に比べればずっと楽ですが・・・。
でも、今日は10時間くらい寝てたのに、よくならず、やっと薬で熱を抑えている状態です。
実は耳鳴りもずーっと治らず。でも、会社にいる時はほとんと気にならないし、家でも意識しないと気にならないので・・・、気にしないことにしています。
お風呂に入ったときだけ、治った気がします。
でも、これってどういう意味があるのだろうか・・・って考えてしまいます。
この耳鳴り、最初の日だけは、明け方あまりにも音が大きくて目が覚めて、不安になり、眠れなくなりましたが、そういう自分を受け入れることによって、次の日からとりあえず、耳鳴りがしても寝ることはできるように。
唯一お風呂に入っているときだけ、治った感じがしますが、出るともとにもどります。
それと、今回の風邪・・・どういう意味があるのだろう?
いや、特に何もないのかなぁ。
先週読んでいた本ですが、冨安徳久著「1%の幸せ あなたのココロを磨く45の気づき」の18番目。なかなか良いことを言ってますね。
18 三福田
お釈迦様は仰っています。「心は田んぼのようなもの」だと。そして、三年も耕さないと荒れ地になってしまう。
しかし、私は思う。今の時代、人の心は三年ももたない。一年、 いや、半年ももたないと思っています。
だから、心には定期的に、継続的に清らかな刺激を与え、耕さないとダメだと。
なぜならば、必ず人の「理(ことわり)」として「忘れる」「慣れる」があるからだ。
だからこそ、潜在意識に落とし込まれるまで、繰り返し、繰り返し清らかな刺激を与え続ける。それが大切です。
「三福田」とは、「幸せに生きるためには三つの心(=田)が不可欠だ」という教え。
一つ目は、「敬田(けいでん)」、敬う心(=田)です。
先祖を敬い、父母を敬い、先生や上司、先輩を敬う。
リスペクトする心を持つことが大切なことだと教えている。
しかし、こんな質問をされる方もいるだろう。
「私は親に虐待を受けていました。あんなヒドイ親を尊敬なんてできない。
絶対にあんな親みたいにはなりたくない。許せない」と。
では、あなたに聞きます。「今、あなたは幸せですか?」
その人は答える。「あんな親にはなりたくない。だから、子どもにはちゃんと向き合い心から愛したい。今はそれなりに幸せにやっています。」
今がほんの少しでも幸せなら、何か一つでも良いことがあったなら、親を、先祖を敬いましょう。
なぜならば少なくとも親が、先祖がいなければ、あなたはこの世に存在しないのですから。
「産んでくれただけで、ありがとう」ですよね。
二つ目は、「恩田(おんでん)」。
これは、恩を感じる心を持つこと。感謝の気持ち、お陰様の謙虚な気持ちなど、たくさんの「ありがとう」を口にする。
「お陰様で」を常に枕言葉にする。人間は一人では生きられない。
周りに支えられていることへの感謝。
多くの人やものに支えられ生かされていることへの感謝。
天理、万物を支配する天の理、自然の理。その中で生かされていることへの感謝。これも幸福になるためには不可欠な心ですね。
三つ目は、「悲田(ひでん)」。
今の時代はこれが欠けている。私はそう思えてならない。
仁徳(じんとく)の欠如、つまり、仁徳=思いやりの欠如です。
この「悲田」とは、悲しんでいる人がいたら、助けてあげたい、何とかしてあげたい、とその悲しみを思いやれる心を持つことが大切だという教えです。
たとえ、何か直接的に手を差し伸べることは出来なくても、その悲しみや辛さを感じてあげられる豊かな心を持つことが幸福に生きるためには絶対に不可欠だという教えです。
「敬田」「恩田」「悲田」。
幸福に生きるために不可欠な三つの心(=田んぼ)がここにある。
なかなか素晴らしい教えですね。
子供たちにもこういう徳を身に付けてもらいないなぁ・・・と。
でも、その前に自分が親として、そのような人間にならないといけないですね。子供は親の背中を見て育つのだし。
今日は早く寝ないと・・・。