ボクが飯田史彦氏の本を最初に手にとったのはいつだろう。
最初の「生きがいの創造」が出版されてすぐ・・・1996年頃かな。今から15年前か。
その後飯田氏の本が出るたびにほとんど購入。当初は国立大学の助教授であるがゆえに、奥歯にものの詰まったような書き方であったが、当時の日本においては、まだまだスピリチャルな話しが受け入れられてなかっただけに、そのようにしか書けなかったんだろうなぁと思いながら読んでいたかな。
その後、飯田氏は2005年12月に大量の脳出血。幸い後遺症もなく、奇跡的に生還。その際、臨死体験を経験。それ以降は、自分のその時の経験-高次の光の存在との対話-や、また過去の経験、さらには自分のこの世での使命も全てを告白。
やっと日本もこのようなスピリチャルなことを、ようやく受け入れられる時代に。いや気づいて見ると、そのようなことを経験した人、ハイヤーセルフと繋がる人、自動手記を経験する人・・・こういうことをブログで公表する人、本を出版する人・・・ってすっごく増えてきましたね。
そして、このアメブロは特にスピリチャルな体験をしている人が多いような・・・。
これも、まさにアセンションが始まっているのかもしれないですね。それこそ、2011年10月28日を境に・・・。これからどんどん人々の意識が変わってくるのかも?
そんな中で出版された飯田氏の「生きがいの創造Ⅳ」

・・・3月11日の東日本大震災発生後、同氏は、福島の自宅で大震災を経験し、家族を疎開させていながら、自分は無償で東北各地を巡ってある活動を・・・。
冒頭には以下記述があります。
「本書では、『被災した方々に対する、自分ならではの特殊な使命を果たす』という大目的が生じたからこそ、私がこれまでの著書では明らかにしなかった内容や、誤解を恐るあまりに公開する勇気が無かった内容に、果敢かつ無防備に触れていきます。これらは、まだ国立大学法人の教授であった三年前には、勤務校にご迷惑をおかけすることを避けるため、決して書けなかった内容でもあります」
このように、飯田氏が被災地で体験した光(霊?)との対話を包み隠さず、真実のみを記しています。
そう・・・光の世界に戻れなかった魂を、まだこの世にしがみついている魂を光の世界へ戻す活動を・・・。
それにしても、飯田氏のこの世での使命とは・・・。このように生きがいシリーズを初め、スピリチャルな話しをわかりやすい著書で、これまで20冊以上書きあらわし・・・、それだけではなく、現在は岐阜県で「光の学校」を設立し無償でカウンセリングを。そして、今回は無償で東北各地を巡って、いやこれまでも広島、長崎、沖縄、神戸においても同様の活動を展開してきたと。
本の中では今回の大震災が、この時期、この場所で発生したことの理由も。
そして今回の本の中に今までの自分の中での疑問への回答が。
飯田 「人間が、物質世界に生まれてくるその目的とは・・」
光 「信じることに挑戦するためです。」
・・・
光 「もちろん、愛することは、何よりも大切なことです。この宇宙で最も大切なことは、それは、愛することです。」
・・・
飯田 「なるほど・・・自分は「愛」そのものなので、『愛すること』は、人生の目的としては当然すぎるのですね?・・・でも、その当然のことを、なかなか実践できないからこそ、生きることは難しいのですが・・・」
・・・
光 「・・・人間は、批判されることよりも、信用されることによって、自分を変えていくのです。政治家を信じ、経営者を信じ、社員を信じ、国民を信じ、世界の人々を信じるのです。信じられている人は、信じられている人間に値する行動を行おうとするものです。」
飯田 「信じても、本当に、大丈夫なのでしょうか?・・・僕自身、これまでに何度も、信じた人から裏切られて、『もう誰も信じるものか!』と嘆き悲しんだ経験がありますので・・・」
光 「それでも、信じることに挑戦するのが、生きる目的であり、物質世界に生まれていく意味なのです。」
そして最後の付記「震災から何を学び、いかなる方法で『生きがいの創造』を進めるのか」において以下記述が。
少なくとも私は、多くの友人たちを失った被災者の一人として、・・・この辛く悲しい体験を、「単なる不運や挫折ではなく、深い意味のある試練なのだ」と前向きに解釈しながら、「生きがいの創造」という名のブレイクスルー(価値転換による現状突破)を進めていきたいのです。我々の人生が「豊かな学びの機会」であることを信じ、「人生は思い通りにならないからこそ価値があるのだ」と、自分に対して懸命に言い聞かせながら・・・。
・・・私が、「生きがいの創造」シリーズで展開してきた、スピリチャル系の人生論と、「幸せ思考」などで展開したノン・スピリチャル系の人生論の双方を読み比べると、実は、「何事にも懸命に努力するよう心がけて、その努力している自分を、大いに誇りに思えば良い」という思考法こそがいずれにしても効果的なのだということに気づきます。
努力する力の源泉や動機が、「脳」であるのか、「魂」や「神仏」であるのかという違いはあっても、「努力すること」の価値は万人に共通していることでしょう。どちらの思考法を選択しようとも幸せな人生を歩むために大切なのは、努力することなのです。
・・・私たち人間はシンプルに、何事に対しても懸命に努力するよう心がけて、その努力している自分を大いに誇りに思えば良いだけです。スピリチャル系であれ、ノン・スピリチャル系であれ、人は誰もが、努力する自分に誇りを抱くことによって、人生を切り拓く精神力を得ることができるのですから・・・。
ここに、これまで読み続けてきた飯田氏の著作の結論があるのではないでしょうか。
人がこの世に生まれてくる目的とは、「愛」を何よりも大切にし、幸せな人生を歩むために努力を惜しまず、努力する自分に誇りを抱き、そして、信じることに挑戦することにより「魂」を成長するため・・・。
これまで、ボクが努力してきたこと・・・これは間違いではなかったと。これからも努力を続け、愛する人との絆を信じ続けていきます。