ご無沙汰しております。

 

最近はブログの更新が少しおろそかになってしまって

ついに、更新まだーー?とありがたいお声を頂くようになりました。

ありがとうございます。

 

さて、今日は少し大きな話をしてみたいなと思います。

 

それは、

私たちってなんの為に生きているの?

生きるってなんのためにあるの?

 

 

そんなことを疑問に持ったことあるのはきっと私だけではないはずです。

 

 

私たちは既に私たちの人生に待ち受けている結末がなんなのか、知っていますよね。

 

そう。 "死ぬ"ということを。

 

 

では、どうして結末を既に知っているのに、私たちは生きているこの過程を楽しんでいたり悲しんでいたりするでしょうか。

 

 

その一つに、子供が生まれたことで、命が受け継がれていくことに原動力があったりするからなのかもしれない。

 

今まではただただ決まっていたかのように、学校に通い、就職をし、結婚したり、しなかったり。

人生の過程をクリアしているかのように生きていたのではないだろうか。

 

でも、結婚して変わった。子供が生まれて変わった。もしくは誰かがいなくなって変わった。

そういう繋がりがあったことで、私たちは結末を知っていながらも希望に満ちて生きているのではないでしょうか。

 

子供でなくても、自分のやったことが後世に引き継がれていくことにやる気と原動力や

「生きる」意味を見出しているのではないでしょうか。

 

自分が他者からなにか(人・物・事あらゆるもの)を与えられたことで、気づきがあったり、変化があって、

変化していこうと思うようになり、それが自分の生きるということにしっかり向き合っている事なのではないだろうか。

 

だから、私たちは自分も他者になにかを影響することで、自分の「生きる」意味を見出していけるのかもしれない。

 

金八先生は、 "人という字は互いに支えあってヒトとなる"

とお伝えしていましたが、

 

その心は、 "人生とは人に与えることで人生となる" と私は解きます。

 

 

だから私は、私の言葉や行動で人になにかを与えたいなと思っています。

あなたにとっての与えるツールは今している仕事かもしれないし、友達と話す事かもしれない。

 

誰ともかかわらずに毎日過ごしていない限り、あなたもなんらかの方法で誰かに与えているのです。

その時の自分の心はどう感じているのかに耳を傾けたとき、あなたはどうして生きていくのか、

そして、どんな風に生きていきたいのかに気づくかもしれません。