Cairnsは観光地だけど小さな街なので、学校が終わって街をウロウロしてると至るところに知り合いがいて、行くところも限られてくるわけで。。。

 日本のように、オシャレな洋服屋さんや遊ぶ所もないけど、開放的でのんびりしてて、誰も他人のことを気にしてない雰囲気が、今まで生きてきた中で一番自分らしくいれたと思う。。。kirakria*

 学校の授業も、先生によっては真面目な授業もあるけど、ゲームだったり、外でやったりエルモ

 ある日の午後の授業は、外に出て街頭インタビューをしてこーい。ってことだったので、グループに分かれて外に出たんだけど…とにかく暑いガビーン
…でも頑張ってサクッと終わらせて帰ってきて、
『ヤッター早く終わったうえ
と思って皆の帰りを待っていたが、なかなか帰って来ない。。。

『んはてなマーク

 しばらくして帰って来た彼らは。。。カフェでビール飲んで、ご機嫌で赤い顔して戻ってきたのでした。。。(アンタ達、開放的すぎだろっがびょーん


 開放的というか、こっちに来て驚いたこと、
その①、
 子供も大人も(ビックリマーク)裸足で歩いている率が高い。(又はビーサンが普通)

その②、
 スーパーなんかの野菜や果物は、みな勝手に試食している。そして、レジを通す前にお菓子とかジュースとか開けて食べてたり飲んでたりする。そして、ありえない所に商品が置き去りにされている。(せめて肉とか元に戻しましょう。。。あは。

その③、
 子供のおやつ…生のニンジンにピーナッツバター。(トライする気にもならず苦笑)そして、たまに哺乳瓶に入った、ミドリやオレンジのものすごい色のものを飲んでいる子供をみかける。(コーディアルという、メロンやラズベリー味なんかのシロップを水に混ぜたジュース)

その④、
 噂には聞いていたが、食器洗いは、本当に食器に泡がついた状態で終了。(これだけは納得できないがくがく


 まだまだ、たーっくさんありますが。。。細かいことは気にしないオージーライフ、でも大自然に囲まれてのんびり生活すると、せかせかイライラして過ごす人生は損だな。。。と思えてきます。。。




 ワーホリで得たもので、一番大きかったものは、いろんな人たちとの出会い。。。アップ
 きっと、日本のOL生活を続けていたら出会うことはなかっただろう、年齢もキャリアも国籍も違う人たち。。。

 たまたま同じ時期に学校に通っていた仲間。。。みな、明るくて面白くてちょっと変わった人が多くて、時に熱くてバカで。。。苦笑

 学校に入ってすぐ、授業についていけないのと、慣れない生活で凹んで弱音を吐いていた時↓↓、男友達に、
AUSに何しに来たの?悩みに来たの?』
と言われて、ハッとした。。。

 自分の悪いところ↓↓。きっと日本にいた時は、どんな状況でも何かにつけて不平不満を言ってしまっていただろう自分。。。汗日本の、『出る杭は打たれる』、『個性=変わっている』社会で、いつの間にか他人の目ばかりを気にして、凝り固まっていた心。。。


 入学がたまたま一緒で、よくつるんでいたその友達は、私よりも5・6コ年下の男子で、いつもめちゃめちゃ明るくて元気で純粋で、熱い夢をもっている人。
『明日は笑って会おうぜ手!!』
と言われたその日から、自分の中で何かが変わった気がする。。。kirakria*

 
 『せっかくの人生、状況がどうであろうと、楽しめるかは自分しだい。雲と虹

 
 もともとスーパー人見知りの私が、それから毎日、男友達なんかとつるんでPool(ビリヤード)で対決したり、バカ話したり、熱く語ったりしているなんて。。。と、信じられないくらいのびのびと生きていることが、自分でも驚きだった。。。kirakria*

 たぶん、これが本当の私だったんだ。。。ニヤリ

 学校で、初めてコリアンの子たちとも色んな話をした。特に男の子たちは、みな兵役を経験しているせいか、すごく頼もしくて、精神的にも大人だなと感じた。料理も得意で、遊びに行くと料理をふるまってくれ、片付けなんかも全部やってくれる。片付けなんかは、必然的に年下がやることになっているよう。。。感心お~

 そんなことも、ワーホリで色んな出会いがあって初めて分かったこと。。。うえ

 学校生活が始まり、毎朝バスでCityまでいくんだけどバス、ここで思ったこと。。。

 『。。。日本のバスってスゴイ。。。カスパー08

 そう、バスが普通に20分とか遅れてやってくる。。。(道が混んでたのかも…ならしゃーないかがっかり

 ところが、時刻より早く行ってしまう。。。(へ?…遥か向こうに見えるのはぎょ。。。行くんかいっ喜
 
 運転手の気分しだいのようです知らね~。バス停でない所でも普通に人を乗せますOK。アナウンスなんてありません汗。ドキドキです。。。あは。
 帰りが遅くなって暗くなると、住宅街では降りる場所が分かりづらい。。。

 日本のバスは、素晴らしい。。。アクセル踏むたび、『動きますのでご注意下さい。』って。なんて親切なんだ。。。(T-T)


 でも、AUSでバスなんかに乗ってて、思ったことは、高齢者が乗って来ると分かると、若者が何も言わずサッと席を立つ。かったるそうな高校生も、ピアス開けまくりのパンクな若者も、それがごく自然に身についている。。。
 子供づれの場合、お母さんが座って子供が立っているという状況もよく見かけた。。。

 子供といえば、スーパーのお菓子コーナーなんかで、小さな子供がギャーギャーと駄々をこねている姿もほとんど見なかった。。。日本ではしょっちゅう目撃するけど。。。

 
 子育ての仕方とか、親子の接し方が、日本のそれとはまた違う部分があると思う。。。
 
 AUSでは、基本的に学校を卒業したら実家を出て自立したり、働いてお金を貯めて、自分で大学に行くパターンが多いよう。。。親も子供も、依存せず、それぞれの人生を楽しむというか。。。

 でも、愛情表現はすごくて、聞いてるこっちがなんか恥ずかしいような、『I Love Youはーと』という言葉を家族同士でもよく言いあって、ハグやキスをする。。。

 『ありがとう』とか『ごめんなさい』って、家族には面と向かって、なかなか素直に言えない私には、それがとても羨ましくて、ステキな文化だなと思う。。。kirakria*



 学校で、クラス分けのためのテストテストがあるというので、緊張しながら初登校。。。

 私の入学したこの日は、私の他はみな男子。。。学校内は日本語禁止ということもあり、
『は、ハローがびょーんあはv
ってかんじで、みな緊張の面持ちで黙って席に座っている。。。(とりあえずスマイルニヤリ
 
ちょうど、前日にマザーのフィリピーナ友達によって施された、度肝を抜く奇抜なネイルアートにTシャツ、ジーパン、スニーカーという、全くつり合っていない何とも恥ずかしい出で立ちの27才は、
『…いやぁ、あの…このネイルはですね…違うんデスよぉ…ぽっ
『みな、私よりけっこう年下そうだけど、日本人なんだろうか・・・・
なんて思いながら、筆記と先生と1対1での簡単な面接があり、何とか終了。。。

 緊張が解け、話してみると、日本人と、一人はコリアンの子だった。。。あはv

 テストの結果、Intermediateという中間くらいのレベルからスタートすることに。。。

  
 学校は、アットホームなオープンなところで、時々、全クラス合同でゲームしたりBBQしたりと、わりとクラス関係なく和気あいあいといった雰囲気だった。。。うえ

 学校に通っている生徒はほとんどが日本人とコリアンで、ほとんどがワーホリで来てたんだけど、日本人も20才そこそこの子から30才前後と、いろんな子がいる。。。
 AUSの開放的で陽気な空気がそうさせるのか、キャラの濃い面白い人が多い!!

 日本ではきっと出会うことのなかっただろう、とても面白いキャラの面々で、今まで自分がスーパー人見知りだったのが信じられないくらい、年齢、性別関係なくバカ話したり、爆笑の学校生活を送ることになる。。。あは。

 
 コリアンの子達は、大学を卒業したくらいの、わりと若い子が多く(男子は兵役があるため、25・6才とか)、就職に英語力が必要ということで、AUSに来る前に、物価の安いフィリピンで3か月くらいみっちり勉強していたりと、英語力も高く、真面目に勉強しに来ている子が多かったかな。。。


 今思うと、きっと皆、色々な理由や思いで一人で異国の地に出てきて、それまでの職業や地位も関係ない、年齢も関係ない、何の固定観念もなく、ただひとりの人間として接していたから、ハメも外せて面白かったし、素で熱く語り合えた部分もあったと思う。。。
 何より、AUSでは、日本ではあまりない面白い状況や、ハプニング(時にシリアス↓↓)なんかが起こるもので、生活していること自体が新鮮で楽しかった。。。


 
 
 


 
  
 今日はマザーに連れられ、近所のマザーのフィリピーナ仲間のお宅へhome

 そこのオバ様は、ネイルアートがとっても上手というので、お願いすることに。。。
 。。。プロも顔負けの小道具とマニキュアの数。。。ネイル若干、奇抜な色ぞろえ。。。ぽっ


 。。。出来上がった私の爪は、赤紫のベースにシルバーのイナズマのようなネイル、かなり奇抜なネイルを施されていた。。。(これで学校行くのか…がびょーん

 
 
 マザーは結構ノリノリな人で、夜にNight Clubに連れてってくれるというので、一緒に出かけると、Casinoの横にあるBarだった。。。週末によく来ているらしい。。。私も踊るのは嫌いではないので、一緒に踊ったり、Casinoでマザーのスロットにつきあい(ただ見てるだけ。。。・・・汗)、家に戻ったのは、夜中の3時過ぎ汗左
 
 Casinoはそう大きくはないけれど、週末は観光客や地元の人がたくさん集まっていて賑やかだった。。。


 。。。そしてこの後、週末は毎週のようにマザーとCasinoに行き、スロットを見学したり、お茶しながら色んな話をしたりと、夜中までお供することになる。。。