過程の収束 にわか雨の 標的たちは
誰も知らない これはつまり 未来予知
「にわか雨の標的たち」の一人。
「誰も知らない」誰かの一人。
そんな一人である私。
突然の雨も様々な因果のからみあった流れゆく「過程の収束」である。
因果の過程を司る神にとっては、不意の雨に打たれる私は「標的」なのだ。
にわか雨に濡れてしまうだけの私にとっては、その時はいつも不意にやってくる。
流れゆく因果の行く先にあるその時を知ってしまうのが「未来予知」である。
『明日の午後は雨が降る』と ぽつり
耳鳴り 啓示 そんな何か 『気をつけて』
『明日バスに乗るな』 『事故が起こるから』
最適な温度で 僕は 生きてく
神の声は「耳鳴り」として聞こえてくるらしい。
にわか雨に濡れてしまい、バスの事故にも会ってしまう、神の声が聞こえない私を見て、少年は、「最適な温度で僕は生きてく」のだと思う。
僕を「少年」と呼ぶのなら、私は「大人」である。
かつて少年であった大人の私が、耳鳴りのようにして聞いた6つの歌について
kemu氏の転がしたサイコロを見つめて感じた目眩について
何事かを書こう。