「エリア!」
ユウが倒れたエリアに呼びかけたとき、メグを抱き起こしたジョーが叫んだ。
「伏せろ!」
ユウがエリアを抱きかかえるようにして突っ伏すと、三本目の矢が頭の上を鋭く通り過ぎていき、柱に当たって折れた。
「誰だ!?」
ふたりが矢が飛んできたほうを向くとゼザが冷酷な笑みを浮かべて立っていた。
「じ、じいさん!?なんであんたが……!?」
愕然としたふたりにゼザがククッと声をあげると、その姿は見たことのある男のものに変わっていった。
「グ……グツコー!?」
火のクリスタル絡みで二度戦った盗賊グツコーだ。だが、以前に比べるとまとっている雰囲気がまるで違う。外見こそ人間だが、気配は魔物のそれと変わりない。左腕には矢と同じ色の腕輪をはめている。
「貴様らが船に来る直前、あのじいさんに死んでもらったよ。すぐ目の前にいるのに気づかないとは間抜けなヤツらだ……」
「じいさんまで殺したのか……なんでこんな真似をした!?」
ユウの絶叫にも似た問いかけに、グツコーは当然のように言い放った。
「決まってるだろ、貴様らに復讐するためだ。そのために、悪魔と手を組み、闇の力を手に入れたのさ」
「なんだって……!?」
「おれたちに復讐?たったそれだけのために、じいさんやエリアまで……」
「……ぶっ殺してやる。てめえひとり殺ったところで、後悔なんかしねえよ。いや、してたまるかっ!」
ジョーはメグを床に横たえて立ち上がった。
「面白い。やれるものならやってみろ!もうこの間の俺とは違う、こんな力まで手に入れることができたんだからなっ!」
グツコーが腕輪を上に掲げると、腕輪が発した紫の霧がグツコーを包み込んだ。霧が晴れると、一匹の魔物がそこに立っていた。
それは、上半身は半魚人のものに酷似してはいたが下半身は蛸の足が生えている奇怪な生物だ。ユウは憎悪の目で醜悪な魔物をにらみつけた。
「……そんなもののために、人間を捨てたのか!?」
「その通り。今の俺の名はクラーケン!水のクリスタルも貴様らも、ここで終わりだ!」
「終わるのは……てめえのほうだっ!」
瞬間、ジョーの中で何かが激しく爆発した。人間だろうと何だろうと関係ない!最早こいつは魔物、それ以外の何者でもないんだ!
「ユウ……おまえは手を出さないでくれ。メグとエリアを頼む……」
「ジョー……?」
ユウの呼びかけに彼は答えず、グツコー――クラーケンを見据えた。
ジョーの中の何かが変化しつつあった。ペンダントの十字架が鈍く光っていた。
彼の頭の中に不思議な声が響いていた。自分の声とは違うようだ。
――オレの力を少しの間貸してやる。お前の身体が耐えていられる間に、ヤツを倒すんだ――
何者なんだ、お前は?
――オレはお前だ。オレはお前であって、お前ではない……――
十字架がさらに光った。
――怒レ。憎メ。オマエノ力ヲ覚醒サセルタメニ――。
ジョーの全身の血が、急速に高熱を帯び、全身を駆け巡った。熱さと苦しさのあまり、頭を抱え、絶叫する。
「う……あ……ああっ!!」
「ジョー!?」
「何をひとりで苦しんでいるのだ?オレを倒すと息巻いておきながら」
クラーケンは、ジョーに向け嘲笑の声をあげた。
ジョーは素早く立ち上がり、笑い声と視線をはね返すように魔物をにらみつけた。彼の目は憎悪と憤怒に冷たく燃えあがっていた。
「ジョー……」
ユウは口を開きかけ……思い直したように閉じた。
「地獄を見せてやるぜ、ゲス野郎」
ジョーは、冷たい口調で言い切った。意識して言っているのではない。彼の口が勝手に動いているのだ。
オレは今、何を言っているんだ?身体が勝手に動く……。
「倒す、だと?こいつは滑稽だ!」
クラーケンは高笑いした。ジョーは表情を一筋も変えずゆっくり歩を進める。
「地獄を見るのはお前の方じゃないのか?」
そう言うなり魔物はジョーの首を掴もうとした。ジョーはその手を軽く掴む。
「触るな」
「なんだと?」
クラーケンが、ジョーの手を払いのけようとした瞬間だった。
「触るな、と言ったんだ!」
ジョーは、クラーケンの手を掴んだ自らの手に、思い切り力を込める。ぐしゃっと鈍い音がして、クラーケンの手が粉々に砕け散った。
「バ、バカな……オレの身体が……」
クラーケンの顔に、驚愕と焦りの表情が浮かんでいた。
「くたばんな」
ジョーはそう言うなり、右手を思い切り突き出した。拳が目にも止まらぬ速さでうねり、まるで一振りの剣のようにクラーケンの胸を貫いた。
「ギャーッ!」
顔に、身体に返り血が飛ぶ。抱き起こしたときについたメグの血と合わさり、彼の服は赤と紫で染められた。
「ジョー……?」
ユウはエリアを抱いたまま、彼を呆然として見ていた。
「あんなジョー……初めて見た……」
無意識に呟くと、ふとメグの声が聞こえた。
「ジョーじゃ、ない……」
「メグ、気がついたか!ジョーじゃないって、どういうことだ?」
「あれは……ジョーじゃない……別の、何かが……」
ユウはジョーに目をやった。ジョーは血まみれのクラーケンを前に呆然と立ち尽くしている。だが、先ほどとは気配が違っていた。
「ジョー!」
ユウが呼びかけると、ジョーはのろのろと振り返った。その目はうつろで、顔色は蒼白だった。何が起こったのか理解できない、という表情だった。