自分でいうのもなんですが……
小さい頃から
「お利口」でした。
色々な経験をしました。
「自伝」が書ける
と言われたりすることもありました。
「生死」を分けるタイミングですら
自分の思いは、二の次でした。
「キャンサーギフト」があるとするなら……
『嫌なことを、嫌と言えるように……』
なのかな……って。
休薬を選んだこと
今、目の前にある現実とか……
人生の決断をする時
いつも……
いつも……
この決断が正しい。
と思ってきた。
後悔はない。
でも
大切なひとに対してだけは
『嫌と言えばよかった。』
と思ったことがあります。
お利口だった…私。
卒業や手放しなど
本来なら、選ぶべき道
どうしても
嫌なんです。
『人生で1度くらい、嫌だって言ってもいい』
と、私が私に声をかけていました。
少し前まで
『最期のときに……』
って、本当によく言ってた。
もちろん、それは変わってない。
でも、先を見すぎて
今を蔑ろにしてたな…って。
そこまでを、大切にしてこそ
最期、本当に幸せだった…と
思えると思うから。
生きていると
叶うまでに時間がかかる。
きっと、叶わないのではなくて
時間がかかるのを待てるか?
自分の幸せが見えていれば
苦しい時間も
大切なひとがいるからこそ。
あまりないほうがいいかもしれないけど。
執着……っていうけど
一途と執着って、紙一重。
そこまで、ひとを好きになれること
そういう自分を、誇りに思ってほしい。
私は、
卒業や手放しだけが
全てじゃないと思います。
かさぶたを無理やり剥がすことは
しなくていいと思う。
血が出るのも
痛いのも
自分しかわからない。
心の傷
心のかさぶたは
自分にしか見えないから。