ロシア皇帝ニコライ2世の皇后・アレクサンドラ・フョードロヴナ
当時珍しい自由恋愛だった二人。宗教の違いで結婚をあきらめていたアレクサンドラ。
アレクサンドラの祖母ヴィクトリア女王に
「英国王室とロシア王室双方の安全保障にもなり、ロシア聖教とプロテスタントの教義の違いは大した問題ではない。なにより二人は似合いのカップルなのだから」
と説得され、アレクサンドラは結婚を承諾し、二人は婚約をした。
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1894年4月20日婚約をしたアレクサンドラ(当時22歳)の日記
自分の宗教を変えることは、神への冒涜です
でも私はあなたのことを愛しています
私はもうあなたのものです
そしてあなたは私のもの
あなたは私の心に閉じ込められ
その鍵もなくなってしまったので
もう出ることはできないのです
過去は過ぎ去って二度と帰らないし
未来の事はわかりません
(アレクサンドラの日記を読む高岡早紀があまりにも美しかったのでUP)
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アレクサンドラ覚え書き
1872年 誕生
1884年(12歳) 姉の結婚式で当時ロシア皇太子だったニコライと出会う
1894年(22歳) ニコライがロシア皇帝に即位。ニコライ父葬式1週間後に挙式
1896年(24歳) 第一皇女・オリガ誕生
1897年(25歳) 第二皇女・タチアナ誕生
1899年(27歳) 第三皇女・マリア誕生
1901年(29歳) 第四皇女・アナスタシア誕生
1904年(32歳) 第一皇子・アレクセイ誕生
1907年(35歳) 息子アレクセイの血友病を治癒したラスプーチンと知り合う
1915年(43歳) 第一次世界大戦中、看護師の資格をとり娘とともに兵士の看護にあたる
1916年(44歳) ラスプーチン殺害
1917年(45歳) ニコライ2世退位。一家は拘束される
1918年(46歳) レーニンからロマノフ一族全員の殺害命令を受けた革命軍により銃殺




