お久しぶりでございます。
大変な日々を送っておりました。
まずはご報告…
お義父さんが亡くなりました。
そんなわけで、忙しく…
とりあえず、葬儀も終わりやっと落ち着いた感じです
最後の1週間は義兄が1週間お休みを取り
泊り込みました(義母は全く泊まる気ないのよ)
で…
夜中、朝方に容態が悪くなったと呼び出され…
車を飛ばして会いに行き…
昼間持ち直して、面会ギリギリまで1日中病院で過ごし…
家に帰っては朝方呼び出され…
という日々でした。
結局、私たちも1週間お休みをしてしまいました。
旦那の会社の社長は人情派だし、
私は実家の会社だし…
ってことで何とかなった感じですかね。
子供たちも保育園を休み毎日頑張りました。
ま、保育園キライ…
というか、おとうちゃん・おかあちゃんと一緒にいたい子たちなので、
保育園が休める
ということで喜んでましたけど
…
体力的には大変だったと思います。
はーたんは亡くなった次の日に
…
あーたんはお葬式の真っ最中に
…
熱を出しました 。
2人とも次の日には元気になったので、
やっぱり疲れてたんだなぁ…と実感、、、、
亡くなった時、、、
その日は、もうそろそろ本当にヤバイから…
と、全員泊まることにしました。
普通院内の家族室に泊まることができるのですが、
はーたんが夜泣きをする可能性があったため、私と子供たちは近くのホテルに泊まることにしました。
泊まることを想定していなかったのでオムツ
が足りません。
ホテルの予約電話をし、
私と旦那とあーたんは、そのままオムツを買いに外に出ました
(はーたん病室の簡易ベッドで爆睡
)
ついでにたまには外でご飯を食べよう…
といろいろ探し回ってガストに…
席に座ってメニューを見ていると電話が…
容態が急変したから帰ってこいと…
注文前でよかったです…急いで病院に戻りました。
病院の駐車場に着き、、
「走る?」
と私が聞くと
「いや、まぁ走らなくても
…」
と旦那、、、
でもあーたんが
「よ~いドンッ
」
って無邪気に走り出し…結局走って院内へ
エレベーターも順調に着ました。
病室に着くと…
息を引き取った直後でした。。。
結局、私たち一家(次男一家)は全員看取ることができませんでした。
気がつくと私は涙をポロポロと流していました。
私、、あまり泣かない女です。
1年前祖父が亡くなった時も泣きませんでした。
なぜあんなに泣いたのか…今でもわかりません。
結局その場に居た誰よりも泣いていました。
あーたんがハンドタオルを出してきて、頭をポンポンしてくれました
。
お義父さんの身体をキレイにしてくれている間、
談話室へ
「間に合わなかったね…
」
と話をしていると、
義兄が
「いや、きっとあーたんたちに見せたくなかったんだよ。だからあのタイミングで逝ったんだよ。」
と言いました。
あぁ………
なんとなく納得…
そして少し救われた気がしました。
お義父さんらしいなぁ…と、、、、
この間の記事で家族葬がどうのこうの、、、という話を書きました。
お義母さんは手配している時も家族葬で、香典もなしで…
と言っていましたが、
義兄が喪主になり、なんやかんや話を進めているうちに、
来てくれるって言うなら来てもらえばいいじゃん。
一応香典返しを用意して持ってきてくれた人には断らず貰おう。
旦那の友達も会社関係から亡くなったことを知り、
気づけば各種いろんな友達が知っていて、
家族葬だから…と言っても
「いや、行くから…」
と無理やりきてくれたり…
結局、あまり付き合いのない近所の人、
息子たちの会社の取引先など
お義理でくる人意外は通夜・葬儀に参列してくれました。
いろんな人に見送られて、、、、
良かったなぁ…って思います。
ま、戒名と位牌はないですけどね
ただ、息子たちはせめて位牌はほしいらしく…
義母と交渉中
…
そして、長く一緒にいた1週間…
チラッとでた話、、、
ココ(実家)を建て直して住めばいいんだけどね…
それは同居か
?
そりゃ無理だ
…
勘弁してください
………
大変な日々を送っておりました。
まずはご報告…
お義父さんが亡くなりました。
そんなわけで、忙しく…
とりあえず、葬儀も終わりやっと落ち着いた感じです

最後の1週間は義兄が1週間お休みを取り
泊り込みました(義母は全く泊まる気ないのよ)
で…
夜中、朝方に容態が悪くなったと呼び出され…
車を飛ばして会いに行き…
昼間持ち直して、面会ギリギリまで1日中病院で過ごし…
家に帰っては朝方呼び出され…
という日々でした。
結局、私たちも1週間お休みをしてしまいました。
旦那の会社の社長は人情派だし、
私は実家の会社だし…
ってことで何とかなった感じですかね。
子供たちも保育園を休み毎日頑張りました。
ま、保育園キライ…
というか、おとうちゃん・おかあちゃんと一緒にいたい子たちなので、
保育園が休める
ということで喜んでましたけど
…体力的には大変だったと思います。
はーたんは亡くなった次の日に
…あーたんはお葬式の真っ最中に
…熱を出しました 。
2人とも次の日には元気になったので、
やっぱり疲れてたんだなぁ…と実感、、、、
亡くなった時、、、
その日は、もうそろそろ本当にヤバイから…
と、全員泊まることにしました。
普通院内の家族室に泊まることができるのですが、
はーたんが夜泣きをする可能性があったため、私と子供たちは近くのホテルに泊まることにしました。
泊まることを想定していなかったのでオムツ
が足りません。ホテルの予約電話をし、
私と旦那とあーたんは、そのままオムツを買いに外に出ました
(はーたん病室の簡易ベッドで爆睡
)ついでにたまには外でご飯を食べよう…
といろいろ探し回ってガストに…
席に座ってメニューを見ていると電話が…
容態が急変したから帰ってこいと…

注文前でよかったです…急いで病院に戻りました。
病院の駐車場に着き、、
「走る?」
と私が聞くと
「いや、まぁ走らなくても
…」と旦那、、、
でもあーたんが
「よ~いドンッ
」って無邪気に走り出し…結局走って院内へ
エレベーターも順調に着ました。
病室に着くと…
息を引き取った直後でした。。。
結局、私たち一家(次男一家)は全員看取ることができませんでした。
気がつくと私は涙をポロポロと流していました。
私、、あまり泣かない女です。
1年前祖父が亡くなった時も泣きませんでした。
なぜあんなに泣いたのか…今でもわかりません。
結局その場に居た誰よりも泣いていました。
あーたんがハンドタオルを出してきて、頭をポンポンしてくれました
。お義父さんの身体をキレイにしてくれている間、
談話室へ
「間に合わなかったね…
」と話をしていると、
義兄が
「いや、きっとあーたんたちに見せたくなかったんだよ。だからあのタイミングで逝ったんだよ。」
と言いました。
あぁ………
なんとなく納得…
そして少し救われた気がしました。
お義父さんらしいなぁ…と、、、、
この間の記事で家族葬がどうのこうの、、、という話を書きました。
お義母さんは手配している時も家族葬で、香典もなしで…
と言っていましたが、
義兄が喪主になり、なんやかんや話を進めているうちに、
来てくれるって言うなら来てもらえばいいじゃん。
一応香典返しを用意して持ってきてくれた人には断らず貰おう。
旦那の友達も会社関係から亡くなったことを知り、
気づけば各種いろんな友達が知っていて、
家族葬だから…と言っても
「いや、行くから…」
と無理やりきてくれたり…
結局、あまり付き合いのない近所の人、
息子たちの会社の取引先など
お義理でくる人意外は通夜・葬儀に参列してくれました。
いろんな人に見送られて、、、、
良かったなぁ…って思います。
ま、戒名と位牌はないですけどね
ただ、息子たちはせめて位牌はほしいらしく…
義母と交渉中
…そして、長く一緒にいた1週間…
チラッとでた話、、、
ココ(実家)を建て直して住めばいいんだけどね…
それは同居か
?そりゃ無理だ
…勘弁してください

………