山岡荘八 『伊達政宗』 講談社 全八巻   評価 : 3


南国土佐を後にして、一気に北国奥州に参りますよ・・・・・

幼き日の記憶というものは抗いがたいもので、

独眼龍政宗というと、大河の颯爽とした偉丈夫とすり込まれているもんだが、

原作では、正史曹操なみの冴えない小男としっかり書かれとりやすww


実際、読んでてチョコマカしたヤンチャな

小僧ッ子のイメージが脳裏に浮かぶんであります。

それはそれで楽しいモンですわ。


にしても荘八、思った以上に史実準拠なのよね・・・

それだけに、政宗主役なのに演出抑え目でちと物足りんよ!

困った母さんや伯父さんとの、もっと派手なドンパチはねーのか!?

今んとこヤツら超影薄いんですけど(´・ω・`)

死装束でド―――ンと小田原乗り込んでくれなきゃダメでしょ・・・


ストーリーのメインである秀吉とのハッタリ合戦は、

先が解ってても、なかなか軽快で読んでて楽しいんだけどね。

秀次事件のとばっちりで進退窮まりまくって、ヤケのヤンパチんなって

伏見屋敷の家来たちとハリボテの大砲作って花火を入れて脅かそうとするくだりにゃ噴いたwww


とりあえず、関ヶ原辺りまでは読むけど・・・・・家光期の晩年まで読めるかっつ-と・・・

あと、時代が時代なのか、DQN晩年期まっさかりにもかかわらず秀吉ヨイショが白々しいし、

石田三成が諸悪の根源みたいに書かれてるのもなー・・・

おいら石田治部けっこう好きだから(´・ω・`)モニョル・・・


『東洋には「機が熟す――」という言葉がある。

この機という文字のもつ意味と味とはまことに深遠なものがある。
機にのぞんで風雲を捲き起こしたり、機を失して生涯陋巷に沈湎したりするからだ。
機嫌がよくて、機敏にうごいて、機会を掴んで、機密に参画して、機宜に適してゆく
機能があれば申分ないのだが、機を逸したり、気を失ったりしていたのでは間違いなく敗残者だ。
機は、天地のはたらき(作用)と人智のそれとがぴたりと一致したおりに熟する。

と言って、向こうから柿の実のように赤くなって見せてくれるわけではない。
薄っぺらな合理主義者の眼には見えない。
禅家は、この『機熟』の摂取を機用と称して重視する。機転を利かせて、熟した機を機敏に察知し、
これを即座に活用するために禅問答を繰り返す。熟した機は人を待たない。一瞬にして来たり、
一瞬にして去る。その機熟にそなえて、つねに気(呼吸)を整えておくのが座禅と解してよい。』



『何のために眠り、何のために食べ、何のために泣き、何のために聞く・・・・・・そのどれ一つに
通俗な妥協があっても、それは一つの瑕瑾になる。そこから大きく智恵の袋は綻び出してゆくからだ』