最近、出会った本のご紹介です。
金沢出身の関丕さんの書かれた本です。

『光のなかの生と死』より
関丕 著

人間らしく生きぬくということに、
私は二つの意味を含めて考えている。

第一は、どんなにひどい状態になっても、周りの人々から必要な存在として大切にされ、また身体だけでなく心と魂を持った人間として尊敬されながら生きていけることである。

第二は、どんな不幸な境遇にあっても、その人自身が今の自分を受け容れることによって初めて可能になるような生き方をすることである。
一番大切なのは、自分の境遇を心静かに受け容れて生きていくことである。

これは難しいことだろうが、これができさえすれば、その人なりの生きがいを見出して心豊かに生きていくこともできるようになるのではないかと思う。
この第二のことが可能となるためには、第一のことが必要とされる場合が多いと思う。


私たちが人間らしく生きぬくことができるためには、自分に与えられた天分や環境をあるがままに受容することが大切だと思う。

生まれてきた事情からその死に方に至るまで、選択できない事柄がたくさんあるけれど、自分で選択できる事柄もまた多い。

そして、選択できなかった事柄をどのように引き受けるかは、その人が選択可能なことなのだが、この引き受け方が大変重要なことなのだと思う。

自分を評価的な目で見る時、多くの人々は、自分の性格の欠点や自分に備わっていない能力などで自己嫌悪に陥る。
精いっぱい努力すれば、少しはよくなるのではないかと思うけれども、その努力すら思うようにできない自分に絶望する。

「自分に絶望するところから、
その人の人生が始まるのだ」

と言った人がいるけれど、それは努力はするが、それさえ満足にできない不完全な自分を引き受けることができて初めて、その人らしい生き方ができるようになる、という意味なのではなかろうか。

自分に与えられた諸々のものを、あるがままに受容することが、人間らしく生きぬくための必要条件であろう。

いまの自分を受容できる人は、自己の理想像とのギャップに苦しんだり、輝かしい還らぬ過去に執着して嘆くことも少ないであろう。

そして、いま、ここに存在するものを味わい、楽しむことが多くなるであろう。
自分のそばにいる人と分かち合うものも多くなるであろう。
というのは、自己受容ができるようになれば,心の活動が自然に活発になり、他人とのかかわりを求めるようになる。
しかも、他人に合わせるだけの表面的なおつき合いではなく、いろいろな自分をあるがままに表現することで、より真実な人間関係をつくることができるようになるからである。




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これからVoiceとして、
さまざまな言葉をお伝えしていきたいと
思います。


読んでくださって、
ありがとうございます。