【結論】
・拒まず割とスムーズな人
病気の自覚あり(吐き気・めまい・激痛などや倒れたりしたなどの病名が付いて入院からの退院)病院からの流れで、介護認定を受けた人
・めちゃくちゃ困難な人
病気の自覚無し(血圧が200を、超えても本人に何の症状も感じない・掴まり立ちや歩きなどしか出来ないが時間をかければ自分でやりたいし出来る)で、身内や周囲からあまりにも危なっかしい為に渋々と介護認定を受けた人
この違いかと。
父が正に後者で、知人も友人も訪問リハビリや入浴介助サービスを受けさせたらと言ってくれる。私もそうしたくて、ケアマネージャーさんとサービス責任者さんが配慮のある提案をしてくれてもダメなのです。
何故ならば
介護サービスを受ける高齢者も一人の人間である以上、自尊心やその方自身の望む生活がある。
国の方針として
介護サービスを受けるには、本人の意思決定能力への配慮が必要。
すべての人に意思があり、自分のことを決める力があるということを前提にして支援を行います。
厚労省は、「自己決定の尊重: 介護サービスの選択や日常のケアにおいて、本人の意思・意向を何より優先」が最優先。
父は、入浴介助サービスすら死んでも嫌だと言う。多分、祖母の介護の時にソーシャルワーカーの方に教えていただき、私と2人で何ヶ所もデイサービス・老健(介護老人保健施設)・「特養(特別養護老人ホーム)を見学し過ぎたせいかと。
個人的に幻想だと思っています。
こんなに楽しそうにして介護送迎バスに乗っていらっしゃる高齢者の方々、11年前から一度も見たことが無いです。
安全には、暮らせるけれど…誰もが楽しんで自分らしく生きられる場所で無いのは、確か。これは、見学したらすごく良く解る。本当は、長年住み慣れた自宅で過ごしたいと思う。
父の場合、足腰の筋力が無くとも家の中でさえあればあちこちに掴まって歩ける。例え、5時間近くかかってもバスマット・ボディーソープ・髭剃り・洗顔フォームを浴室にセットしバスタオル3枚と靴下・紙パンツを用意しておけば自分でシャワー浴をするし、したいという意欲がある。
風呂場用介護用座椅子があったらどうかと提案しても、何かをする時って自分なりに決まった順番の行程があり。高齢になると少しでも何かが変わると、覚えられないんですよ。
認知症でも無いのに人に言われてやってみようって83歳にもなると性格にもよるけど変わらない。変化が面倒くさくなる様です。
週末、私が家に帰る時にシャワー浴の用意をしておくと父が気の乗った時に何時間かかったとしても素っ裸で部屋を伝い歩きして浴室から居間の椅子まで辿り着き、落ち着いて衣類着用するまでが出来る状態。
この「したい意欲」を奪ってしまうと、人間ってどんどん認知症になりやすいんじゃないかと私は感じています。(まだ認知症はナシ)
やってもらうのは、楽だけれど洗う行程など何も考えなくて良いので思考能力の低下に繋がるかなと。
実際、通帳の管理を私がやる様になってから「オマエに任せてあるからいいや」で通帳記帳したら必ず確認は、してもらってるが以前より面倒くさい事は考えたく無いお爺さんになってしまった。
乱暴な言い方だけど転んで、足だけ骨折してもらって短期入院してもらう方がリハビリする気になってくれるかなと偶に思ったりもします。(エレベーターの無い沢山階段のある自宅から出ないから、リハビリもしたくない)
…それが原因で寝たきりになられても困るが。
今のところ、私自身がまだ程よく働きつつ遊ぶ余裕もありフォロー出来ているので当面現状維持。



