さて、私は自由である。

これが本来の姿なのだろう。

私は子育てに関わりすぎたのかもしれない。

我が家では家事がマ馬の仕事。
育児が駄馬の仕事だった。

まるで家庭の中に母親が二人いるようなものだ。

私は子供の頃、親から勉強しろと言われたことがない。
といっても、自分から勉強する子供だったわけではもちろんない。
私の父親の教育方法だっただけだ。
それは、本人がやる気にならなければ、いくら勉強しろと言っても無駄だという合理的な考え方に基づくものだ。

確かにどこかで本当にまずいと思うと、私は自分から勉強したものだ。
だからといって、自分の子供たちも同じかといえば、そんなことはないだろう。

子供は親が思うほどには賢くない。
親もまた子供が思うほどにはすごくない。

すごいのは、そのたいして賢くもない我が子を信じ続けられる親心だ。

今の私は、日本中の親たちに完敗だ。

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