あおい狐とやわらかな月のブログ

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さっきのドライブインで食べたハンバーグの香りがまだまだ、口の中に残っている。

ハンドルを握るスージーは、くわえタバコでときおり、タバコの灰をドア越しに、風とともに後方へ飛ばしている。 海からの潮風と乾いた土の舞い上がる少し泥臭い匂いが混じった生ぬるい空気が僕たちを包み込んでいる。 さっきのドライブインの親父が言っていた、僕たちは何かから逃げているのかと、新しいものを求めれば、古いものから逃げなきゃならないこともあるし、しかしそれは逃げているのだろうか、右につこうと思えば、左からは遠ざかる、ねぇ秀ちゃん喉が渇いてきたんだけど、さっきのお店で買ったのがあるんじゃないの、後ろ後ろよ、あぁそういうこと、はいどうぞ、さっきの親父さん気持ち悪かったよね、なんで、だって僕たちのこと何かから逃げてるのかケッケッケッなんてさ、でも当たってない、何が、逃げてるって、逃げてないよ、そうかなぁ、スージーは逃げてるの、ある意味ね、ある意味ってどういうこと、まぁなんと言いましょうか、自分から逃げていると言うことでしょうか、自分ってなんなんだろうねって思うのよ、自分からいろんな決まりごと作っちゃってさ、その決まりごとみたいなものに縛られてる、みんなそうなんだろうけど、人生心地よいことばかりでもないじゃない、むしろしんどいことの方が多いかもしれないけど、自分の人生にひっついてるいろんなオプションを一度みんなリセットしてみるのもいいと思うけどね、秀ちゃんはどうなの、僕は逃げてないよ、人ってさ自分自分て思ってるけど、それって周りに作られたものだからね、それってどういうこと、例えば、あったかい温泉に浸かると、体はあったかくなるよね、あったかくなった自分がいるけど、自分があたたかいわけじゃないでしょ、人間って生まれるときにそれぞれが持つ遺伝子情報の違いはどうしょうもないけど、遺伝子がその人を作るわけじゃないでしょ、性格や考え方は生まれ育った環境が作り出すものだと思うんだよね、ということは環境を変えれば人は変われるチャンスがあるということにもなるかな、そんな簡単なことじゃないかもしれないけど、本当の自分なんてどこにもいないんじゃないかな、その時その時が本当の自分なんだと思う、難しいね、いいやでも、こうしていると心地よい心地よいこれでいいんだよね、突然のスコールが僕達の体に染み込んでゆく、とても心地よい、体中びしょ濡れになりながら、大粒の雨が叩きつけられる、今までの僕たちを体の芯から洗い流すように、スージーのくわえているタバコはとっくに濡れて、顔に張り付いていた、しばらくすると嘘のような青い空が広がる、ひゃっほーって自然と叫びたくなる。 スージーは何事もなかったかのようにハンドルを握っている、あの日君がそう言わなければ、僕たちはここにはいなかった、僕たちは逃げているわけでも旅しているわけでもない、ただただスージーきみが、ねぇねぇ私ね本当の南十字星が見たいんだよね、綺麗に見える場所でみたいのって、ただそれだけの理由で僕たちは今こうしている。

風が僕たちの濡れた体を、足早に乾かして行く、乾ききる前に伝えたい、僕はハッピィだよって、そしてこの時間がいつまでも続けばいいのにと、ハンドルを握りしめて遠くを見つめるスージーの表情はサングラスでわからない、たださっきのスコールのなごりなのか、それとも泣いているのか、サングラスの下から頬をつたうしずくの意味は、今はわからない。

僕たちは、南下している、海岸沿いの乾いたロードを・・・・・・・おわり