こんばんは小松です。

 

手紙を書くようにブログ書きたい、が信条です。

今日のブログは言いたい相手が非常に明確に浮かびます(笑)

 

 

 

ちょっと、GACKT様のこのブログを見てくれ。

人見知り・・・。

 

自称・人見知りさんを一刀両断する内容です。

 

『”自分、人見知りなんで…”が許されるのはせいぜい20代前半。人見知りはコミュニケーションへの責任放棄。いつまでも人見知りなんて言ってちゃダメ。』

 

みたいな内容です。

 

私も自称・人見知りです。

『は?』ってよく言われるけど(笑)(笑)(笑)

もう相手の目の動きや口元の動きや手先足先まで気になって気になって平常心じゃいられないこともありますのよ。

自分も下手こいて嫌われたらヤバイーー!ってアセアセしてることありますのよ。

対人場面における、自身のストレス感度が高いことが、接客時はお客様のストレス緩和に役立っているだけです。

『こういうのってやだよね…自分はやらないようにしよう』

を大切にしています。完璧じゃないけど。。。

 

『本当に楽しそうにストレッチやりますよね!』

と言われたこともあります。

うん、楽しいよ!

 

人見知りでも接客上手になるし、好きになるし、楽しいよ?

 

うまくいかないとき。

私は、人見知りだからって言えば許されるとも思っていないし、人見知りだから仕方ないとも思えないし…(自他に厳しいと言われる所以か)

何よりダセェ。

人見知りなのがダサいのではなく、それを理由にして、失敗した時のダメージ緩和を図る感じがダサい。

(イジワルかもしんないけどそう思います。)

ただ、その心理には深く共感します。

それに、自分以外を警戒するのは生きるために必要な能力。いきなりオープンすぎてもどうかと思うしね。


 

人見知りなのはいいよ!

でもそれを理由に足踏みしてほしくないよ!

その繊細さをお客様の機微を察するほうに向けてみてよ!

扉パッカーンてなるよ!

人見知りな分、伝わった時の嬉しさハンパない!




 

うまくいかないのは、人見知りだから、じゃないよ。

 

克服するのは大変だもんね。

頑張るの大変だからさ。

 

 

…けど、人見知りって言ってその努力が免除されるのは

 

いつまでなのかなぁ?

 

 

君の力を必要としているひとはたくさんいるよ。

 

 他者への警戒を解いてラポールが築かれること。それもまた、生きるために必要なことですし。

 

 

 

 

 

そんなことを思うのでありました。