珍しく2発目いきます小松です。
と、いうのも、この数時間の間にめっちゃ嬉しい出来事があったからでございます。
タイトルの
『ぼくは相談ができない』
は、山田詠美さんの小説『ぼくは勉強ができない』のパクリです。
読んだことないです。すみません(汗)
ぼく、あらため私は、
死ぬほど相談がヘタクソです。
終わってます。
人を頼れないということは死活問題になることもあると思います。
なので、”死ぬほど”ヘタクソっていうのはあながち言いすぎてはいない気がします。
意思決定をするのは自分でも、行動するのは自分でも、導いてくれたり助けてくれたり支えてくれる
周囲の人がいてこそじゃないですか。
ひとりじゃへっぽこですよ。ひよっこです。
わかってます。
それでも私は相談ができない。
いや、できませんでした。
その理由っていうのがいくつかあって
①自分で考えた案がないと相談しちゃいけない、という思い込み
→なんも考えずに『どーすればいいですか?』が嫌いなんです私が。だから人にもできないです。『私は○○だと思うんですけど、いかがですか?』と言えなきゃダメだという思い込みが強い。
②完璧な質問が用意できてないと相談しちゃいけない、という思い込み
→①と関連するのですが、漠然としてる状態で相談するのが嫌だ。それはただの不安でしかない。質問という形にできて初めて、相談ができる。という思い込みが強い。『独立したいんですけどどうすればいいですか?』は漠然としすぎているから、『独立するために○○をしようと思っているんですけど、いかがですか?』と訊きたい。もはやワガママ(笑)
③自分のために相手の時間を奪うのは罪、という思い込み
→相手の時間への配慮は大切だなぁと思うわけです。①や②のようなことを考えてしまうのも、相手に取らせる時間を一分一秒でも短くしなくては…という強迫観念に近いものがあるからです。病的です(笑)
書いてて思いましたけど
『自分で解決しなきゃ病』
ですね。
でもでも、これでいいのかな?と最近思っていました。
そうこうしているうちにも時間が流れていきます。
自分を取り巻く環境も変わっていきます。
もう、やらなきゃヤバいのです。
生きるために、相談する。
もう、相談するしかない。
そんな状況で、今日は、数人の人生の先輩に、電話やらメールで相談をしました。
自分なりの考えなんて、ちゃんと用意できなかった。
完璧な質問なんて、用意できなかった。
相手の貴重な数十分をいただき、予想よりも時間がかかっちゃった。
でも、
みんな優しかったです。
ちょう優しかったです。
『俺のときは』とは『私のときは』とか『私の友達でこんな人いてさ』とか…
『今度はみーちんぐ(MTGのこと。笑)だな!!』とか…
なんかこれ書いてて今泣けてきた(笑)
あああああ涙で画面が見えない(笑)(笑)
多分、傷ついたりとか、自分がバカだって思い知りたくなかったんだなぁー
なんも考えずに相談して、『もっと具体的にして』とか、『自分で考えて』って言われるのが恐かったんだなぁ~~
悪いほうの”プライド”だったんだな~~~はぁ~~~。
ってことでですね、
ちょっと、相談っていうやつが、できるようになったかもしれないです。
相談していいのかーー。的な。
世界は優しい。。。(じーん)
そうえいば私もつい最近、同僚から相談を受けまして、そのとき、
『もっと具体的に質問してくれよ』
『自分で考えてよ』
『私の時間奪わないでよ』
なんて、微塵も思わなかったな~~。
むしろ、頼ってくれて嬉しかったな。
もしも、私が最初に書いた①②③みたいな理由で、相談できない人いたら
相談、してみりゃいいっす!しましょう!!!
そしたら、人生が前に進むと思いますです!!!
以上、
ハイパー相談できない人間だった
小松からでした。
