今日は一日、『コミュニケーション』っていうやつについて、考える日だった。

結果としてそういう日になったというべきか。

 

いっぱい書きたいことがある。

書きたいことが喉のあたりで、絡まって渋滞していて、ウッとなるくらい。

 

一番印象に残ったことを書こう、とか

一番笑えたことを書こう、とか

『感謝』をテーマに書こう、とか

 

なんとか形になるように、色々な視点から試みたけど、

 

なんか、違う。

 

全消去。

 

っていうのを3回くらいしてしまった。

 

 

 

 

悩んでいることや、苦しいことを言葉にすることで、整理されたり客観視できたり、という利点はたくさんある。

悩み、課題、問題、といったものは論理的に理性的に綴られる価値が大きいものだと思う。

 

でも、今日はどうだろう。

 

ただ、私は嬉しくて、楽しかったんだと思う。

 

なんで嬉しかったのか、なんで楽しかったのか。

わかりやすくとか、伝わるようにとか、考え始めたら、その感情の彩度が落ちるような気がした。

 

記憶の中の、今日の出来事の、彩度を落としたくないと思った。

 

それは、きっとこれから、何度となく、

 

今日という日は思い出されることになると知っているから。

 

なんかやる気出ないな~とか

わたし、ほんとに大丈夫かな~とか

そういうときに、きっと思い出す日になるから。

 

 

 

 

自分が心から思うことを、自分じゃない人も思っていて、会話を通して共感したり、聴いたり訊いたり、そういう時間って多くはない。

 

相手の言っていることを頭で理解し、なぞることができたとしても。

今、こんな感情なのかな?と相手から漂う感情をキャッチすることができたとしても。

いずれも、私が日常的にしている、ことだけれども。

 

それは、深い共感には及ばないと思うんだよ。

 

だから、今日のコミュニケーションには、喜びがあった。

 

 

 

 

 

過ぎていく日々のなかに、ころんと落ちてきた、ご褒美タイムだった。