はじめに
羊は目が良くなく自分の目の前の草しか見えない生き物だそうです。イエスはご自分の民を羊飼いの導きを必要とする羊として描き、ご自身を良い羊飼いにたとえられました。
以下の参照聖句の1節に描かれている「羊の囲いの中にいる羊」とはユダヤ人のことを指し、3節の「門番」とは、バプテスマのヨハネ、16節の「この囲いに属さないほかの羊」とは異邦人のことを指していると考えられています。
羊飼いは羊の名を一匹ずつ呼ぶそうです。そして囲いの外へ連れ出します。また、羊は羊飼いの声を知っていて、羊飼いのあとをついていきます。
6節の彼らとはパリサイ人のことです。彼らはイエスの話しを聞いても意味を悟りませんでした。
なぜなら、イエスに属さない人たちだからです。
11節でイエスは 「わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。」と言われました。
イエスを信じる人たち(イエスに属する人)に永遠の命を与えるためです。
それでは、ヨハネの福音書 10章(1~18)をご一緒にお読みしましょう。
1 「まことに、まことに、あなたがたに告げます。羊の囲いに門から入らないで、ほかの所を乗り越えて来る者は、盗人で強盗です。
2 しかし、門から入る者は、その羊の牧者です。
3 門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。
4 彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。
5 しかし、ほかの人には決してついて行きません。かえって、その人から逃げ出します。その人たちの声を知らないからです。」
6 イエスはこのたとえを彼らにお話になったが、彼らは、イエスの話されたことが何のことかよくわからなかった。
7 そこで、イエスはまた言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしは羊の門です。
8 わたしの前に来た者はみな、盗人で強盗です。羊は彼の言うことを聞かなかったのです。
9 わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。
10 盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。
11 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。
12 牧者でなく、また、羊の所有者でない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして、逃げて行きます。それで狼は羊を奪い、また散らすのです。
13 それは、彼が雇い人であっても、羊のことを心にかけていないからです。
14 わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。
15 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同様です。また、わたしは羊のためにわたしのいのちを捨てます。
16 わたしにはまた、この囲いに属さないほかの羊があります。わたしはそれをも導かなければなりません。彼らはわたしの声に聞き従い、一つの群れ、ひとりの牧者となるのです。
17 わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます。
18 だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしは、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです。」
おわりに
今日は聖書から主イエスが来た目的について学ぶことができました。それは羊が命を豊かにもつためです。この主イエスを信じる人は幸いです。