こんにちは、ノブです。
コミュ力ってなんですか?
1にコミュ力、2にコミュ力
ちょっと自己主張の強いだけの奴らが
鼻息荒く鬼の首を取ったように叫ぶこの言葉。
うんざりですよね。
有れば天国、
無ければ白い目で見られ迫害される。
不当な程強力で
ねばねばと僕らを絡めとろうとする謎の言葉。
僕自身は
孤独を知らない人間のコミュニケーションほど
薄っぺらいものは無いと思っていますが
実際、この「コミュ力」とやらが
学校生活でも社会に出てからでも
必要となって来るのは確かです。
現代社会はこの
「コミュ力」
っていう基準で
動いているといっても過言ではありません。
そして、本ブログも
広義の「コミュ力」を紹介するものであります。
まずは、敵を知る(?)という意味でも
今回は少し、
「コミュ力」というものについて考えてみましょう。
略さずに言えば、
コミュニケーション能力ですが
普段、
僕らが使う言葉としては
少し違和感がありますよね。
長ったらしいフォーマルな響きではなく、
あくまで
「コミュ力」だと思うのです。
何故なら、
今は「コミュ力」≒「コミュニケーション能力」として
「コミュ力」の意味が
独り歩きしていると考えられるからです。
まず、
コミュニケーション能力は
「言語や身振り手振りを使って
相手と意思疎通する能力」
という言葉のままの意味で大丈夫です。
では「コミュ力」はどうでしょう?
実情として
「コミュ力」という言葉は
本来の言葉の意味から少しずれて
「空気を読みつつ、積極的に発言出来て関わっていける能力」
として使われています。
いくら聞き上手でも発言が出来なければ
「コミュ力」があるとはみなされません。
現実での使用のされ方に
立ち返って見ましょう。
例えば、
話せば楽しいんだけど
いつも受け身で話しかけられるの
を待ってるタイプの人は
問答無用でコミュ障という
レッテルを貼られませんか?
そういう人ももちろん
コミュニケーション能力という意味では
無い事ではなく
ただ
積極的にコミュニケーションが取れない
というだけなのです。
つまり、
「コミュ力」という言葉は
使用され続けるうちに従来の意味とは違う性格を
獲得しているという事です。
そうです、
「コミュ力」と
「コミュニケーション能力」の違いは
積極性の強弱にあります。
つまり
「場の空気の流れを読みつつ
積極的に自分を表現する能力」ですね。
コミュニケーションの中の
「自己主張」が
非常に重要視されているという事です。
思い返してください。
君の学校生活では
どんな人が「コミュ力」が
あるとされていますか?
おそらく十中八九、
クラスの真ん中の声のデカい人達でしょう。
人の気持ちがわかり
大事な時に
きちっと自分の気持ちを伝えらえる人よりも
声高に自己主張が出来る人が
「コミュ力」がある
とされるという現実です。
この記事で、僕が言いたいのは
「コミュ力」というものは
もはや単純に
「コミュニケーション能力」の略ではなく
現代社会(特に学校など)において
「自己主張」の価値観が強められたものだという事です。
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