こんにちは、ノブです。


今日も街には「繋がり」が
大手を振って闊歩しています。


今日も「繋がり」が
上から目線で説教を垂れてきます。


今日も、明日も、


きっとどこまでも続いていくでしょう。



そんな時、
ふと冷静になって思うんです。



「あれ、友達って何だっけな。」



ところで、質問です。


繋がりってそんなに良い物でしょうか?
繋がっていなくてはダメでしょうか?



実際問題、
僕たちはもう繋がりからは逃れられません。


とされています。



家族、クラス、塾、SNSなど
繋がっていなくてはならないのです。


とされています。



それは
この国がコミュ力偏重社会だからです。


携帯会社がこぞって
コマーシャルをバンバン流し
大量の消費者が
「繋がり」を消費し、される世界。



ライン、SNS等、
繋がり続けるツールで溢れる世界です。




この国の多くの人が
コミュニケーションの中に自己像を見出し



自分が自分であるという感覚を
他人の手に委ねてしまっています。


結果、
切り離されるのは怖い事という
プロパガンダで溢れています。



もはやスマートフォンやPCは
人と繋がれるツールという側面よりも
呪縛でもあるかもしれません。



「繋がり」は良い物か?



という問い以前に
日本は



「繋がっていないとダメな感じ」
に覆われています。


そんな世界で生きていくために、僕たちは
日々コミュニケ―ションを繰り返します。


そうしないと
外の世界へと弾き出されてしまうからです。
所属する共同体から
居場所を失ってしまうからです。




それが悲しい事だと
されているからです。




でも考えてみてください。



本当に本当に…

繋がって無くてはいけないのでしょうか?

弾き出されたら本当に
マズい事になるのでしょうか?



その問いの答えは、
世間は「Yes」です。



しかし



僕は「No」と言います。

「No」と言い切ります。


何故なら、
もしどこかから弾き出されても、
この世から弾き出されるわけではありません。



所詮、
一つの共同体から
離脱せざるを得ないだけです。



世界には思った以上に
たくさんの共同体が存在します。



塾、部活、市民サークル、学外で組むバンド、
インターネット掲示板、家、昔の友達


大げさに考えなくても
本当のところ
道は一つだけではありません。


一つからはみ出たくらいで
絶望するとしたら
それは


一つの世界しか知らない
視野の狭い人間だからです。


大きな視点で捉えれば必ずしも
「繋がり」は絶対ではありません。



もちろん、
それなりに辛い思いをするかもしれません。


ですが必要以上に
不安感を煽られないでください。



多くの場合、
新しい共同体に入る事は
世界を広げる
チャンスであるからです。



さらに僕は言いたい、
孤独を麻痺させるなと。


孤独を知っている者のみ、
他人の孤独に呼応し
手を差し伸べられます。


それは、
孤独を知らない者の優しさとは
格が違います。


幸か不幸か
いつでも繋がれるツールが
世の中に満ち溢れています。



ですがたまには
それを我慢してください。


誰にも連絡を取らない、
完全に一人の夜を
時には超えるべきです。




なぜなら、
そんな状態の中でこそ心は鍛えられ
思考は冴えわたり、
本当の感情に向き合えるからです。



自分がそこに居て、
たった一人で震えているという感覚を
忘れないでください。



それはいずれ強さに変わります。



「繋がり」に
依存してしまわない強さです。




君が君であるための強さです。


だから、
自分の存在を孤独に耐えかねて
誰かに明け渡してしまわないでください。



友達は良いものです。


時に弾き出され、時に自ら弾かれて
孤独を知っているからそう言えます。



友達が居なくても大丈夫です。


人生には孤独が必要です。


人間らしく、
自分立っていられるためには必要なんです。


薄ら笑いをやめて
冷たい風の中に、
身を置いてみてください。


最後に
僕からのお願いです。


もしも君が孤独を知っているなら、
君が力のある立場になった時には
他の孤独な人を救ってください。


そうして出来た関係こそ、
本当の繋がりです。