HKT48 指原莉乃が48グループで果たした使命 卒業への経緯や後輩への思い語った | さくらさくら日記

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リアルサウンドさんより

 2月6日に『HKT48 指原莉乃のオールナイトニッポン』(ニッポン放送/以下、『ANN』)がオンエアされた。HKT48グループ卒業発表後に指原莉乃が『ANN』に登場するのは、今回が初めて。ファンやリスナーに向けて、自身の言葉で卒業への経緯や後輩への思いなどを赤裸々に語った。
AKB48『NO WAY MAN』(TypeD)
 昨年5月以来、33回目の『ANN』出演となった指原。「お世話になった『ANN』ちゃんと卒業について話そう」をテーマに、おそらくアイドルとしての登場は最後となる今回の『ANN』を、存分に楽しんでいた印象だ。
 指原が卒業を発表したのは、昨年の12月15日、HKT48単独コンサート『HKT48コンサート in 東京ドームシティホール~今こそ団結!ガンガン行くぜ8年目!~』でのアンコール時。
 “卒業を考えていたのは何年も前から”と書いてあるラジオの台本を見て指原は、「これね、不思議なんですけど……」と話し始める。指原は近年、主にバラエティで活躍しているため、“タレント”という側面が強く、アイドルという戦い方ではない自分は卒業した方がいいんじゃないかと思っていたという。一方で、アイドルとしての活動も「すごく楽しくて、ステージが好きで、メンバーのことも大好きで、(卒業したら)ファンの皆様に会う機会も減りますし」と、このままアイドルを続けたいという自分もいたのだとか。「すごく考えていたんですが、ふと卒業しなきゃなって思い始めた時に、メンバーのさくら(宮脇咲良)となこ(矢吹奈子)が、IZ*ONEという韓国のグループに2年間異動することになりまして。最後のコンサートに来ることができなくても、せめて卒業を発表するのは2人がいる場所がいいなーって思っていた時に、コンサートがギリギリに決まって。あ、ここだなと思って、秋元(康)さんについに相談したんです」と、総合プロデューサーである秋元康に相談するまでの流れを説明した。
 そして「秋元さんは私のこと、たぶん好きじゃんと思ったんです。自分がプロデュースする素材として面白いとは思ってくれているだろうなって。超自意識過剰なんですけど、私が辞めるのはたぶん寂しいだろうなと、攻防戦ぽくなるだろうなと思ったんですよ」と続ける。「で、勇気を出して『実は卒業しようと思ってるんですよね』と話をしたら、『うん、いいよ』って。『えー! ちょっと待って! 秋元さん引き止めて』みたいな感じで決まって」と、意外にもあっさりと承諾された事実を明かす。これは、指原の性格を熟知している秋元だからこそ、彼女が決めたのだからよっぽどの決意だと察したゆえの対応だろう。または、タレントやプロデュース業をしている指原はもう一人立ちして問題ないと思っていたのかもしれない。
 そしてHKT48の後輩・田島芽瑠、松岡はな、村重杏奈も『ANN』に登場。卒業2カ月前となった今、どんな気持ちかと聞かれた指原は、「すべてが楽しい。辞めた方がいいのかどうなんだろうというモヤモヤがなくなり、発表してから全部楽し過ぎて」と声を弾ませた。

「辞めたら劇場支配人の肩書きはどうなるの?」というリスナーからのメールには、「辞めるでしょ」と即答する指原。「今回のNGT48の件もありますし、メンバーとスタッフの距離感がすごく難しいと思っていて。複数の大人が管理してるわけだから、違うと思う時もあるはずで、そういう時は違うと言える人も必要だし、言いにくいこととかあれば私が全然(言うよ)」と語る。それを聞いた田島は「いつもメンバーと大人を繋げていたのがさしこちゃん(指原)だったじゃないですか、それがなくなると今後どうなるんだろうっていう怖さがある」と呟いた。
 また指原はHKT48のメンバーに伝えたいこととして、「優しい人、強い人でいてほしくて。あと、ありがとうとごめんなさいをすぐ言える人。大人になるにつれて言えなくなっちゃうから、それに早く気づけた人がとても素敵な人になると思うので」というアドバイスを送る。ただ「いつでも謝って欲しいわけじゃない。自分が悪いと思ったら謝る」と付け加え、違うと思ったら「何でですか?」と相手の話をしっかりと聞くように促した。
 指原がスキャンダルで左遷的にHKT48へ移籍したのは2012年。普通のアイドルならここで潰れてしまうことがほとんどだろう。しかし指原は、ファンだけでなく、メンバーや関係者への償いの気持ちも背負い、HKT48を盛り上げていった。当時のメンバーやファンも指原を受け入れ、今やHKT48は48グループを代表するひとつとなったわけだが、単にそれは指原のネームバリューで有名になったというわけではない。大人との繋ぎ役として、また後輩への教育係として、指原が損な役回りを請け負いながらグループを支えてきたからこその結果、というのが今回のラジオで伝わってきた。

そんなグループへの献身的な姿勢こそが、指原が『AKB48選抜総選挙』で初の女王の座を射止め、2015年から17年には3連覇(通算4回1位)という偉業を成し遂げる結果へと繋がったのではないだろうか。この連覇は、AKB48ファンの総選挙への考え方を変化させ、アイドルの人気とはいったい何なのかという物議を醸し出した。従来のAKB48の概念を破壊させたのも事実。だが同時に、地方の48グループの可能性を広げたとも言える。また、単にバラエティでの感覚が鋭いからと言う理由だけで、タレントとして成功しているわけではない。秋元を含めた運営側とも意見が言い合えるなど、現役のアイドルとして、逆境の中で今のポジションを築き上げた実績があるからこそ、世間からの信頼が厚いのだ。=LOVEなどのアイドルプロデュースをはじめ、48グループ以外のアイドルとの交流も任せられるのである。
 最後に指原は自身のファンに向けて、「何よりもアイドルという職業が私は大好きなので、そこに対してはファンとアイドルの関係性がなくなるってのは悲しいんですけど、(アイドルを卒業することで)もっと(ファンと)寄り添えるんじゃないのかという気もしていて」と口にし、「私珍しく言いますけど、HKT48や=LOVEがあるのに、自分のファンとして一途に通ってくれている人が、本当に好きで。だからそういう人にいっぱい恩返しができたらいいなと考えています」と感謝とこれからについて語っていた。
 48グループに多様性をもたらしてきた指原のこれからの使命は、ファンとの関係性も含め、アイドルの卒業後の在り方を新たに切り開いていくことなのかもしれない。