□スサノオの処遇
古事記:
「是於(これお)八百萬神共而(に)議して
速須佐之男命於(お)千の位の戸を置くを負わせ
亦 鬚(あごひげ)及び手足の爪を切り
神、夜良比夜良比(やらひやらひき:意味不明)を
抜くを令(うなが)す)」
日本書紀第七段本文:
「然るに後、諸(もろもろ)の神、素戔嗚尊而(に)於いて
科した千座置戸?之(これ)を以って罪が過ぎたので歸(かえ)る
遂に徵(しるし)を促し、抜いた髪を以って
其れを使い罪を贖(あがなう)に至る
亦 其の手足の爪を抜いて之(これ)贖(あがなう)と曰(い)う
已(すで)而(に)降り逐(おう)のを竟(おわ)る)」
一書第二:
「已(すで)而(に)素戔嗚尊於(お)
其の秡具(はらへつもの?)で責めて罪而(に)科す
是(これ)を以って手の端に有る棄てる物は吉、
足の端の棄てる物は凶(あ)しき
亦 唾を以て白の和幣(ぬさ)と為し、
洟(はな)じるを以て靑の和幣(ぬさ)と為す
此れ用いて解除を竟(おわ)る
遂に之(この)神を以て逐(おい)
之(これ)理(ことわり)で逐す」
一書第三:
「即ち素戔嗚尊に千座置戸之解除を科し
手の爪を以て吉(よい)物の爪を棄て
足の爪を以て凶(あ)しき物の爪を棄てる
乃ち天兒屋命の掌(てのひら)を使って、其れ解除し
太(はなは)だ諄(くどくど)宣(の)べて辭(や)める
之(これ)而(に)世の人者(は:短語)己の爪を収めるのを愼む
此れ其の縁也」
▽手足の爪
古事記と日本書紀第七段本文を比較すると、
日本書紀の記述は情報不足になっています。
古事記では「鬚(あごひげ)及び手足の爪を切り」とするのに対し、
日本書紀本文は「其の手足の爪を抜いて」と大きく異なります。
この事から、本来は「夜良比夜良比」を抜く事をする為に、
「スサノオ」は「鬚(あごひげ)及び手足の爪を切り」、
きれいにして作業に移ったのだと思います。
きれいにした意味としては、「夜良比夜良比」のある地域は、
特別な土地なので正装をしたと考えられそうです。
一書第三に関しては、「爪を切って棄てた」と解釈しています。
▽「千位置戸」と「千座置戸」
古事記では「千位置戸」、日本書紀では「千座置戸」の
表記を使用していますが、「位」と「座」では意味が違います。
「位」は「人があるところにしっかりと立っていること。」、
「座」は「广は家、坐は地面にすわる様子を示した会意文字」
とWIKIには記載されています。
そして、古事記では「坐」を用いていますが、
日本書紀は「坐」と「座」を書き分けていて、
「千座置戸」では「座」を使いますが、以外では「坐」を用いています。
この事から、「座」には色々な意味が込められているようです。
しかし、「位」を「座」に変更した理由が不明です。
確かに「座」にも「地位」等の意味として使う事はあるようですが、
なぜ、「位」ではダメなのか?の回答にはなり得ません。
「千位置戸」を「千の戸に位を置く」または「千の位の戸を置く」、
「千座置戸」を「千の戸に座を置く」または「千の座に戸を置く」
と解釈すると「集会を開く為に開催所の設置」を
スサノオに行わさせたと受け取る事が出来ます。
情報不足の為に憶測の域を出ませんので、
今後、再検証したいと思います。
参照:『命名字解=めいめい-じかい』は、常用漢字と人名用漢字の成り立ち―字源・解字・字義―を知る「名前漢字の辞典」&「漢字読本」 // 位(イ、くらい)常用漢字―名づけ名前漢字の意味と成り立ち[解字・字義・字源]!
http://mei2jikai.blog113.fc2.com/blog-entry-102.html
▽罪とは?
古事記では「罪」と言う漢字を使用しませんが、
日本書紀本文・一書第二では「罪」を使っています。
スサノオが犯した罪とは何か?
「スサノオは惡か?」でも書きましたが、
日本書紀では「スサノオは状(かたち)の無き行いをした」と
書かれているだけで「悪事を働く犯人」と考える事は出来ません。
つまり、延長線上にある「罪」の言葉も当てはまらない事になります。
もし、「罪」のある行いをしたのであれば、
なぜ、状況を編集無しで記載しなかったのかが疑問として残ります。
一書第三に限って言えば「云云」が数回記載され、
信憑性自体が怪しいと言わざるを得ません。