自分を生きる -24ページ目

自分を生きる

自分を生きること、アドラーの勇気づけ子育て、子供の英語教育、マインドフルネス について

先日、こんな記事を書きました。


部長さんの反応むーーーーーっちゃ薄くて、いいとも悪いとも、ありがとうとももっと頑張れとも言ってくれないから、


こんな塩対応ってことはダメなんじゃないかって悪い方に受け止めて、落ち込んで、先輩に相談したというお話。


今日、それに関することがありまして。


その相談した先輩から、あさメッセージが来ていて、


「例の部長さんと話す機会があったけど、橘さん優秀だって言ってたよ〜」って。


そのメッセージを読んだ瞬間、私のやる気ボルテージがズドンと上がったのが、もう自分でも可笑しいくらいにわかりました。


た、単純…照れ照れ照れ照れ


そういう訳で、またやる気に火がついて、仕事は元気にやってます。


(家庭面では、保育園の先生からの衝撃のご指摘に、だいぶ冷静に受け止められてはきましたが、まだ、チーンとなってるときもあります。笑)


そんな自分を改めて振り返って、思ったんですよね。


自分は、人からの評価で、こんなにもモチベーションや気分やテンションを左右されるのか、と。


他人から評価されれば、めっちゃいいコンディションになる。


他人からの評価がなければ、悪い方に悪い方に考えて、基本自分はダメなやつという前提に立っていて、なのに無駄にプライドだけ高くて、自分を良く見せようと見栄を張って、そのギャップに苦しんでる。


上がってるか下がってるかのどっちかで、


「ゼロ」の状態が、ないな、と。


そして、これ、トータルで見たときに、あんまり幸せな人生じゃない…と、思いました。



そして、たとえば今回、部長さんからは直接的には何も言ってもらえずにいたときに、


自分に都合の良い解釈で、何も言ってないってことは、めっちゃいいってことか!と、ポジティブすぎる解釈をしてしまっていたとして、


そこからどうなっていたかなって考えてみたんですよね。


当時は、そんな勝手な解釈して、そのまま突き進んでずっと部長さんから冷たい対応を取られたままになったら大変!もっとよ頑張らないといけない、もっと頑張れば、評価してもらえるはず!


と思って、ポジティブに捉えるなんて、選択肢としてありえませんでした。


(ほんとは腹割って、どーなんすか!みたいなことを直接聞ける関係だといいのですが、まだそこまでの関係を構築できておらず…ショボーン



けどもし、頭悪いの?ってくらいのスーパーポジティブで、イェーイってなってたら、


そのコンディションの良さから、


もっといろんなアイデアが降ってきたり、軽くアクション起こすことができていたりしたのでは?????


と、思ったんです。





自分の中の解釈で、そこまでイェーイってなれるかどうかはまだ怪しいですが。(つっても、結局アホみたいに自分で思ってるだけだし…って、なりそう。笑)


ほんとはそんな外側に左右されずに、いつもゼロかプラスのところにいればいいのですが。


少なくとも、自分で勝手にマイナス評価してパフォーマンス落ちるよりは、


それと比べれば、


アホでもイェーイってなった方が、まだパフォーマンス出るのでは、と思いました。