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2/4(日)
日本の漁業 こうすれば復活できる

<漁師を補助金漬けにする個別所得補償 
    形骸化された資源管理計画、日本の漁業に
    将来はあるか>
真田康弘( 早稲田大学地域・地域間研究機構客員主任研究員・研究院客員准教授)
2024/02/01
 日本の水産業の衰退が止まらない。漁業・養殖業生産量は1984年の1282万5900トンをピークに低落を続け、2022年には70%減の385万8600トンと過去最低を記録した。他方、国連食糧農業機関(FAO)によると、世界の漁業養殖業生産量は増加を続け、21年現在史上最高の2億1800トンを記録している。

(linegold/gettyimages)
 世界では水産業が成長産業化し拡大を続けているなか、日本が「一人負け」の状態にある。魚が獲れなければ、儲かるはずがない。農林水産省統計によると、22年度現在沿岸漁船漁業を営む漁家の平均漁労所得は136万円である。状況は極めて厳しい。

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民主党政権から続く手厚い支援
 こうしたなか、業界団体が強く要望し、増額を続けてきたのが、公共事業と補助金の投入である。今や日本全国に漁港が整備され、さまざまな形で補助金が供与されている。現状のところ、補助金なくして日本の水産業は成り立っていない。

 なかでも手厚い支援がされているのが、現在「漁業収入安定対策」という予算費目の下に実施されている漁業者への減収補填プログラムである。これはもともと民主党政権下でマニフェストの目玉として実施された農家に対する個別所得補償政策の漁業版として発足したものであり、11年の発足時には同年度水産予算2022億円の4分の1を占める510億円という、当時の水産庁担当者が「水産庁始まって以来の大型事業」と形容する規模で開始された。

 民主党の政策を否定する自民党安倍政権下で農家への個別所得補償政策が廃止されたにもかかわらず、漁業者減収補填プログラムに関しては関係団体の強い要望により継続されてきた。ただ年々その額は減少し、18年度予算では114億円となっていたが、18年に通過した漁業法の改正に基づく水産政策改革に伴って水産予算が18年度の2327億円(前年度補正含む)から3000億円台に一挙に増額されるに伴って再び膨張し、23年度は582億円と、民主党政権下での発足時を上回る額となっている。

 24年度予算案はやや減じて427億円となったが、この予算費目は基金化され年度内に使い切ってしまわなくてもよく、「前年予算で必要額を一定額プールできていた」ことが背景にあると水産庁は説明している。この予算項目だけで、24年度水産予算の14%を占めている。

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膨らむ漁業者損失補填プログラムへの補助金投入
 この減収補填プログラムは、「計画的に資源管理…に取り組む意欲のある者が、減収を恐れずにこれらの取組を実施することができるよう」支援することを狙いとして創設されたものである。

 この制度では、国と都道府県は「資源管理指針」を策定し、これに沿って関係する漁業者・団体が自発的な資源管理の取り組みとして「資源管理計画」を作成し、これを実施する。その計画が意欲的で思い切ったものであればあるほど、取り組む漁業者の漁獲量と漁業収入が減ってしまう恐れがある。

 例えば資源保護のためとして、操業日数を半減させる、長期間の休漁期間を設ける、あるいは自発的に予防的・資源保護的な漁獲枠を設けるなどの取り組みを行えば、収入の減少が予想されるだろう。そこで「積立ぷらす」と呼ばれる国が額の4分の3を補助する積立金を用意し、加入者の基準となる漁業収入(直近の5年間の年間漁業収入ののうち最高額と最低額の年を除いた3カ年平均額)の90%を下回った場合は、原則90%分までを補償するという仕組みになっている。なお、基準となる漁業収入の80%を下回った場合は、80%分までは漁業共済から補填され、こちらについても国が掛金額の平均70%を補助している。

 資源管理の強化により、やがて資源が回復すれば、取り組みを行った漁業者は中長期的にはより多くの資源を漁獲することになることが期待されるであろう。この制度は、資源管理に意欲的な漁業者の取り組みを支えることを企図していた。

「対策のポイント」として「計画的に資源管理等に取り組む漁業者を対象」とある 出所:水産庁「漁業収入安定対策事業」 写真を拡大
 しかしながら、この制度に関しては以前より、減収補填の前提となっている資源管理計画が形骸化しているものが少なくないのではないかとの疑念が持たれていた。そもそも、漁業者が取り組んでいる個々の「資源管理計画」自体、現状ではそのほとんどが公開されていない。一体どのような内容なのかがわからないのである。

墨に塗られた「資源管理計画」
 そこで筆者は、2022年現在海面漁業生産量289万3700トンのうち87万200トンと約3割を占め、これに次ぐ茨城県(27万1000トン)を大きく引き離し都道府県別第1位となっている北海道の資源管理計画に関して、その内容を明らかにするよう情報公開請求を行った。

 その結果開示された文書は、以下のようなものだった。

北海道が開示した資源管理計画の例。資源管理措置の部分が全て墨で塗られている 写真を拡大
  肝心の自主的な資源管理措置の内容が墨で塗られており、一体どのような資源管理策を実施しているのかが全くわからないのである。北海道庁によると、これら具体的な資源管理措置を全て墨塗りにしたのは、「開示することにより、当該法人等及び当該事業を営む個人の競争上若しくは事業運営上の地位又は社会的な地位が不当に損なわれると認められる」(北海道情報公開条例第10条)との理由であった。

 そこで幾人かの北海道の漁業者に尋ねてみたところ、墨塗りにしている箇所は一定の休漁期間を定めているものであったり、体長制限を設けているものであったり、魚の放流を定めているものであったり、漁業者の「競争上若しくは事業運営上の地位又は社会的な地位」を損なう恐れがあるとは考えにくいものであった。

 各自治体の情報公開条例に基づき同様の開示請求をしたところ、北海道と同様に開示を拒否した都道府県がもう一つだけ存在する。島根県である。

 「資源管理計画に参画する者の操業等に関する情報であり、公開することで競争上の不利益を与える」ことを理由とし、「自主的管理措置」の内容が全て墨塗りとなっている。ただし、自治体による履行確認が入らず、また実施せずとも「検討」するだけでよい措置については開示されている。

 漁業者に対しては資源管理計画を前提とする減収補填プログラムとは別に、漁業所得の向上を目指す「浜の活力再生プラン」という事業があり、同事業の承認を受けた漁業者には、関連する国の支援が受けられる。そこで島根県における当該事業に関して取り組んでいる「自主的休漁措置」をみてみたところ、毎週土曜日を休みとすることがその内容であることがわかる。

 もしこれが資源管理計画の「自主的管理措置」であるならば、こうした内容を開示することが「公開することで競争上の不利益を与える」と言えるのだろうか。また週1日仕事を休みとするとが、一体どのような資源保護効果があるのだろうか。

開示された島根県の資源管理計画の一例(刺網漁業)(上)と島根県(松江)の「浜の活力再生プラン」の資源管理に関する記述(下) 写真を拡大
改善ゼロ、絵に描いた餅のPDCAサイクル
 国が定めた「資源管理指針・計画作成要領」によると、作成された資源管理計画は、策定後4年を経過した次の年度に外部有識者が参加する資源管理協議会が計画の内容が適切かどうか等について評価・検証し、この結果を踏まえ、管理措置の内容等の見直しを図ることを通じて「計画(Plan)、実施(Do)、評価(Check)、改善(Act)のPDCAサイクルを着実に実施する」としており、このため各都道府県には資源管理協議会が設けられている。

 例えば資源管理計画の内容を「完全墨塗り」とした北海道にしても、道資源管理協議会を設置して資源管理計画を合格点の「A」(取組を継続)から「D」まで4段階評価し、適宜改善を図ることされている。しかし、情報公開請求を通じて北海道資源管理協議会が過去5年間に行った評価・検証を入手したところ、結果は以下のようなものであった。

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 北海道は17年度から21年度にかけて、合計385の資源管理計画の評価・検証を実施しているが、そのうち合格点の「A」評価は385と、全体の100%であった。17年度に1つの資源管理計画が「C」評価の「資源管理の取組方法の改善を検討」、21年度に1つの資源管理計画が上記「C」評価および「D」評価の「水産研究機関の指導のもと、取組内容を再検討」がなされているが、これらはいずれも同時に合格点の「A」評価がされており、現状の取り組みを継続するのみで良いと判定されている。

少なくとも、PDCAサイクル「改善(Act)」がされているとは考え難い。資源管理計画は何をやっているか秘密、評価はザル、改善はゼロ、制度に定められたPDCAサイクルは名ばかりで、まさに「絵に描いた餅」と言わざるを得ない。

 なお、北海道を含め、過去5年間の資源管理計画の評価結果の詳細を他の都道府県にも行ったところ、いずれも評価の具体的内容を記した文書の開示決定を行っているのだが、唯一島根県は文書を作成していないとして非開示の決定を行い、得られたのは全資源管理計画に対して現行措置の継続という合格点を付したことを示す紙4枚の資料(これらは水産庁のHPで公開されている)のみであった。

 「当県においては、漁業者の漁獲データを把握するためのシステムを整備して」いるからというのが、文書をそもそも作成していない理由だそうである。評価・検証を行った具体的証拠が存在しないというのは、実に驚くべきことである。

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 島根県の公文書非開示決定通知書。評価結果の詳細を文書として作成していないとしている。

求められる国費投入に対する説明責任
 繰り返しになるが、漁業者に対する減収補填プログラムは、漁業者がまじめに自主的資源管理措置に取り組んでいることを前提とするものである。その前提が担保されないことは、制度上容認されるべきものでない。

 もしこのプログラムが、これに参加する当事者のみが費用を負担している私的なものであるならば、特に問題はないかもしれない。参加するもしないも、費用を払うも払わないも、当事者のみの問題である。しかしこのプログラムは、単体で水産予算の2割を占めるという、国費すなわち税金を投じたものである。

 税金を投じたものである以上、われわれ国民に対する説明責任がなければならないし、制度の主旨を歪めた運用は容認されるべきでない。そのような運用は、まさに無責任極まりないのである。

 漁業法の改正に基づき、今年度より「資源管理計画」は全てその内容の公開が予定されている「資源管理協定」への移行が予定されている。これまでの「資源管理計画」の不透明さと実効性の薄さに対する懸念を反映したものであると言える。この移行を予定通り行い資源管理協定はその内容を全て公開するとともに、公開された資源管理協定で資源管理に無意味なものがあったとすれば、補助金すなわち税金の投入は容認されるべきでない。

 水産資源は、補助金の投入を求める一部の漁業団体だけのものではなく、われわれ国民全てのものである。そしてそれは、将来世代のために、持続可能なかたちで利用すべきものである。本来の趣旨に立ち返った、制度の運用が望まれる。

連載「日本の漁業 こうすれば復活できる」では、日本漁業にまつわるさまざまな課題や解決策を提示しております。他の記事はこちら。