あの日から1年経ちました。


あの日から1週間後に出産しました。


だから、あの日から色々、色々ありました。


震度6強の地震体験。


あたしの周りで起こった事も忘れないように綴りたいと思います。










あの日。3月11日は、妊婦検診の日でした。


その日の病院はすごく混んでて、


午後からの幼稚園でのお教室の行事に遅れてしまいました。




その日は晴れているのに風が強くてすごく寒かったです。


幼稚園の講堂から外を見ると、


晴れているのに、吹雪のように雪が降っていました。


子供たちはお帰りの支度をしに教室へ、


保護者は説明会がはじまったばかりの時でした。


メニエール持ちだからか?揺れやめまいに敏感なあたしは、


グラッと揺れを感じると同時に


「あ!地震!」


思ったより大きい声で叫んでしまい、恥ずかしかったのを覚えています。


しかし、揺れは収まらず…


みんな口々に「長いね。」と言っていました。


教室から園庭へ園児たちが非難していくのが見えます。


揺れが大きくなり、


「私たちも非難しましょう!」の声。


講堂から出る直前に、電気が消えました。




園庭では、園児と先生たちが不安そうにしゃがんでキョロキョロしています。


これでもか!これでもか!と言ってるような地響き。


あたしは、おなかが大きくてしゃがめないので


「大丈夫?」とみんなが気遣ってくれました。


山の方を見つめながら、仁王立ちで踏ん張りました。


揺れに合わせて、山から花粉の黄色い煙が出るのが見えました。


バスの運転手さんが、ラジオのボリュームを最大にして速報を聞いています。


とうとう泣き始める子供もでてきました。




先生たちも連絡が大変そうなので、


地震が収まると同時に子供を連れ車に乗り込みました。


信号は消えていましたが、


幸い田舎なので?車は走っていませんでした。


余震がすごくて何度車を止めようと思ったことか…


ハンドルがとられてすごく運転しづらかった。


それでもなんとか家に到着。


ペンションの前で座っている母。


建物の中はめちゃくちゃで、怖くて入れません。


自宅にも入れず…。


しばらく車の中で過し、


「津波10Mだって!」とラジオの情報を母に報告したり


子供におやつ食べさせたり…。


暗くなってきたので、恐る恐る自宅を覗いてみた。


ハイチェストがナナメに倒れて玄関をふさいでいたけど、


直したらなんとか中に入れた。


旦那との連絡はとれない。


すぐに逃げられるように、出入り口だけは確保した。


キッチンもリビングもめちゃめちゃにモノが散乱していたけど、


寝室はものが無いおかげで無事だった。




なぜか?いつもの時間に旦那が帰宅。


会社はめちゃめちゃに壊れたらしい。




寝室で小さいちゃぶ台と、ストーブの明かりとラジオで過す。


何を食べたのかは覚えていない。


おにぎりだったか?お菓子だったか?


余震がすごくてあまり眠れなかった。


おなかも痛かった。








続く…