チリンチリンーー
涼しげな風鈴の音が響いた。
『いい音色だね。』
『そうでしょ?毎日暑いから少しでも涼しさを感じられるようにと思って買ってきました。』
リョウクがデパートで行われている日本の物産展で買ってきてくれた。
かわいらしい金魚がついた風鈴。それをドアに付けることにした。
ドアが開く度にチリンチリンと澄んだ音を奏でる。お客さんにもとても好評だった。
チリンチリンーー
いらっしゃいませ!と風鈴にも負けないぐらいのリョウクのきれいな声が店内に響き渡る。
『こんにちは。』
ドアに背を向けていたソンミンは聞き覚えのある声に振り返った。
『キュヒョナ!?』
『早めに仕事が終わったから迎えに来ました。』
『こんなに早く大丈夫?』
『今日は5時半には会社出ようと思ってがんばったから。』
リョウクがソンミンとキュヒョンの顔をキョロキョロと交互に見ている。
そんなリョウクに気付き、ソンミンが二人を紹介した。
『前の職場からずっとお世話になってるリョウク。そしてこちらが…………キュヒョンさん。』
『こんにちは。キュ『あっっっ!』』
『あの時名刺をお預かりした!どこかでお会いしたことあると思ったら……』
『はい。その節はお世話になりました。キュヒョンです。』
『僕はリョウクです。』
二人はよろしくと頭を下げて挨拶を交わした。
『ヒョンが最近浮かれ『リョウク!!!』』
慌ててソンミンがリョウクの口を塞いだ。リョウクはソンミンの手を叩きながらモゴモゴと苦しそうにしている。
ソンミンの顔は恥ずかしさのあまり真っ赤になっていた。
『キュ、キュヒョナ!もうすぐ終わるから待ってて!!』
『ヒョン、もうお店閉めるだけなので、あとは僕に任せてください。』
ようやくソンミンの手から逃れたリョウクが気を利かせて、先に帰してくれた。
ソンミンはリョウクの言葉に甘えることにした。リョウクは笑顔で手を振って二人が店を出るまで見送った。
キュヒョンはペコッと頭を下げてドアを閉めた。
『ヒョンが最近浮かれてたのはこれか~。』
さっきソンミンに口を塞がれて言い切れなかった言葉を改めて言い直した。
照れくさそうにハニかむソンミンの顔を思い出すと、リョウクも自然と笑顔になった。
『ヒョン幸せそう。』
リョウクは自分のことのようにうれしくなった。
『さっ、僕も帰ろう~!』
***************
ソンミンとキュヒョンは夕飯の買い物のためにスーパーに立ち寄った。
『これも。あっ、これも!』
『あははは。こんなに誰が食べるの?』
『あ!ビールも。』
キュヒョンが次々とビールやスナック菓子、フルーツなどをカゴに入れた。結局スーパーの袋2袋分にもなった。
『買いすぎだよ、キュヒョナ~。』
『たくさん買うと幸せな気分になるでしょ?』
え~?と言いながらソンミンがクスクス笑っている。
二人は大きなスーパーの袋をひとつずつ持って、仲良くソンミンの家に帰った。
ソンミンの手料理を食べたあとの、のんびりとした時間。ソファーで二人でくつろぐ至福のひととき。
ソンミンとキュヒョンの間にはクッションがある。
『邪魔です…………』
クッションを掴み床に置くキュヒョンの手の動きを、ソンミンは目で追っていた。
二人の間に邪魔物がいなくなると、ソンミンの腕を掴み自分の腕の中に引き寄せた。
抱きしめるとソンミンの温もりを感じる。その温もりに心が落ち着く。
『はぁ~……幸せ…………』
ボソッと漏れる本音。
自分より少し小さい体をもう一度長い腕で抱きしめる。ソンミンの首筋に顔を埋めると、いつかキュヒョンの鼻をくすぐった甘い香りが鼻先を掠めた。
『ソンミナ……いいニオイ。』
『えっ?キュヒョナの方がいいニオイだよ。キュヒョナの香り落ち着く。』
ソンミンが少し体を伸ばしキュヒョンの首筋に鼻を近づけ、クンクンとその香りを吸い込んだ。
『ふふっ……ソンミナ、くすぐったいよ。』
『この香り大好き。』
『ソンミナ。』
ん?と腕の中から見上げるソンミンをキュヒョンは愛しそうな眼差しで見下ろした。
『好きだよ。』
『ふふっ。どうしたの急に?』
ソンミンの背中に回していた腕にグッと力が入り、もう一度抱きしめ直した。
『はぁ~……俺、ソンミナのことが好きすぎで困るよ………』
『クスクス。僕も好きだよ、キュヒョナ。』
『…………そんなこと言われたら、余計離したくなくなる。』
『…………泊まってく?』
バッとキュヒョンが抱きしめていたソンミンを離し、驚いた顔で見ている。
『ソンミナ、それどういう意味で言ってるか分かってる?』
キュヒョンは思いがけないソンミンの言葉に動揺していた。
キュヒョンの考える"泊まってく?"の意味と、ソンミンの"泊まってく?"は同じ意味なのか確かめずにはいられなかった。
『俺……我慢する自信………ないよ?』
『……うん。』
キュヒョンの瞳がユラユラと揺れている。
『抱きしめたり…キスだけじゃ……済まなくなるよ?』
『……うん。』
キュヒョンの瞳の色が変わった気がした。
ソンミンの後頭部に手を添え深いキスをした。もう自分でも自分を止めることはできなかった。
『でも明日仕事だ……』
キスをしながらキュヒョンが小さな声で囁く。
『……あ、着替えがないね。』
『明日の朝…一度家に帰らないと……』
『うん……』
会話をする時間すら惜しく、キスの合間に交わされる言葉。
『明日の朝、ちょっと早めに起こしてくれる?』
『ふふっ……うん……』
二人は唇を離すことなくクスクスと笑った。
**************
気を緩めると一緒に緩むソンミンの顔。
肌と肌が触れる柔らかい感触と温もり
自分を呼ぶキュヒョンの低い声
絡まった指の力強さ
キュヒョンの息づかい
二人で目覚めた初めての朝
昨日から今朝にかけて起こった出来事を思い出すと、言葉では表すことができない幸せな気持ちになった。
『うぅぅぅぅーーー!!!』
幸せすぎるこの気持ちのやり場に困り、思わず持っていたタオルをネジネジと捻りながら握りしめた。
パン屋の朝は早い。6時にはパンを焼き始め、8時には店を開ける。
キュヒョンが起きるには早すぎるだろうと思いながらも、自分が出勤する前に起こした。
『キュヒョナ。』
『……ん…………』
『キュヒョナ、起きて。』
『んん…………』
ゆっくりとキュヒョンの目が開いた。うっすらと開いた瞳でソンミンを捉えると、ニコニコと笑顔になった。
『ソンミナ~…………』
突然ソンミンを抱きしめ、そのまままたベッドに倒れ込んだ。
『ちょっ……キュヒョナ!?』
『………………』
無言のまま抱きしめていたソンミンを腕から離す。しばらくの間ソンミンの顔を確食い入るようにジーッと見つめた。
『うわっ!な、なんでソンミナがここにいるの!?』
キュヒョンは思いきり寝ぼけていた。
夢の中でソンミンに呼ばれ抱きしめていたつもりだった。
なのに目を開け、意識がはっきりしてからも伝わってくるソンミンの温もりと柔らかさ。
そして耳元で自分を呼ぶ優しい声。
いつもはいないはずのソンミンが腕の中にいることに頭が混乱していた。
『……あ、そうか。俺昨日ソンミナの家に……』
そこまで言って甦る昨日の甘い夜のひととき。
ソンミンの白い肌
甘い吐息
自分を呼ぶ優しい声
うっすら開いた瞳
汗で濡れた前髪
『ふふっ。キュヒョナ寝ぼけてたの?』
昨夜の夢のような時間に浸っているとソンミンの話し声で現実に引き戻された。
『……うん。夢の中でソンミナを抱きしめてるのかと思ってた…………』
『早い時間に起こしてゴメンね。もうすぐ店に行かなきゃいけないから……』
シャワー浴びておいでと言われベッドから出ようとしたところで、自分が何も着ていないことに気付いた。
慌ててベッドにもう一度潜り込む。
『ソンミナ……俺の服取って…………』
あ……と小さく声を発して床に散らばっていた服を拾い集めてキュヒョンに渡す。
下着とTシャツを身に付けバスルームに向かった。
出勤するまでにはまだ2時間以上ある。自分のマンションに戻りもう一度ベッドに潜り込んだ。
ソンミンと同じシャンプーの香りがする。さっきまで一緒にいたことが夢ではないと実感し、幸せを感じる。
目を閉じウトウトし始めると甦る昨夜の情事……思い出す度にニヤニヤニヤニヤ顔が緩んだ。
結局ほとんど眠ることはできなかった。しかし寝不足にも関わらず怠さや眠さはまったく感じない。むしろいつもより頭はスッキリとしていた。
着替えを済ませニヤつく顔を押さえながらいつもより早めに出勤した。オフィスに入るとヒチョルもすでに会社に来ていた。
ドキッ…………
『お、おはようございます……』
気恥ずかしくてヒチョルの顔を見ることができず、目を合わせないまま挨拶をした。
『キュヒョナ早いな。』
『はい……ちょっと早く目が覚めたので。』
目を逸らしたままそういうと、ヒチョルの横を通りすぎ、自分のデスクに向かおうとした。
『キュヒョナ……』
『…………はい。』
恐る恐る振り返る。キュヒョンの横に並ぶと猫のような大きな目でジッと見つめられた。
その目で見つめられるとキュヒョンは酷く緊張した。ゆっくりとヒチョルが近づくと、キュヒョンの体は反対に後ろにのけ反った。
『お前……ソンミナと同じニオイがする……』
ギクーーーー!!!
猫のような目で見つめ、犬並みの嗅覚を持つヒチョルに、キュヒョンの背中には冷や汗が流れた。
『白状しろ。昨日何かあったな?』
キュヒョンはフルフルと顔を左右に振った。
『嘘つけ!何があった?』
『何もありません!!!』
それだけいうと堪えきれなくなり、キュヒョンはその場から走って逃げ出した。
『キュヒョナーーー!!』
逃げ出すキュヒョンの足音。それを追いかけるヒチョルの足音と大きな声が朝日が射し込むオフィスに高々と響いた。