来月になるといろんな出版社からプリンスの追悼本が出てくるんだろうけど、たぶん退屈な内容だろう。いち早く出た「ミュージック・マガジン」のプリンス追悼特集も目新しさに欠け買う気にはなれなかった。

僕に言わせりゃ西寺郷太クンの『プリンス論』だけが、優れたプリンス関連本で、それ以外は、ホントのプリンスの内側まで踏み込まれてないんだよね。

でも、「ロッキンオン」と「レコード・コレクターズ」がプリンス追悼特集本を出すなら買って読みたいと思ってる。渋谷陽一さんはプリンスの音楽を“密室性”と名付けた人でもあるし。

ラジオやBSでもプリンス追悼特集が組まれてるけど、かかる曲は代表的な「パープルレイン」や「ビートに抱かれて」「キッス」などばかりで残念。

ならば僕がホントに聴いて欲しい10曲を選んでやろうかと。

①「Crazy You」/『For You』(1978年)
19歳で作詞作曲、アレンジ、楽器演奏を全て一人でこなし、このボサノバ調の曲。もう、僕は夢中になるしかないよね。日本でこのデビューアルバムはしばらくリリースされず、僕が初めて聞いたのは高校3年、17歳の夏だった。

②「Controversy」/『Controversy』(1981年)
僕が最もプリンスらしいファンクナンバーだと思ってるのがこの曲。今聞いても抜群にカッコイイって感じる。

③「Computer Blue」/『Purple Rain』(1984年)
プリンスらしい大胆な変調で前半と後半が変わる曲。映画の中でこの曲が演奏されるシーンではウエンディとの絡みが妖しすぎて、高校1年16歳の僕には…(笑)。

④「Paisley Park」/『Around The World In A Day』(1985年)
プリンスのスタジオ名にもなってる曲。僕はこのアルバムの歌詞がとても好きで、よく教科書に落書きしてたっけ。最後の“ペイズリーパークは君の心の中にあるよ”ってフレーズが特に好きだね。

⑤「Sometimes It Snows In April」/『Parade』(1986年)
もし僕が死ぬ時、何かの曲をかけられるなら、この曲に包まれて死にたいと思う。プリンスの数ある美しい曲の中でも、一番美しい曲だと僕は言い切る。

⑥「Houseguake」/『Sign Of The Times』(1987年)
1989年2月、僕はプリンスのライブを初めて観たんだけど、オープニングがこれ。高速ターンからのジャンピング股割りをいきなりかまされ、死ぬほど感動したっけ。あの頃のプリンスの動き、振り、パワーはホントに凄い。

⑦「I Wish U Heaven」/『Lovesexy』(1988年)
1989年2月、東京ドームで観た時は、プリンスじゃなくシーラEが歌ったっけ。もし、この後、プリンスのベスト盤や未発表曲集がリリースされるなら、監修はシーラEがやるべき。と言うか彼女しかいないでしょう。

⑧「The Question Of U」/『Graffiti Bridge』(1990年)
1990年8月、東京ドームで演奏された時は最初ピアノを弾きながら歌い、間奏部に入るとその弾いていたピアノの上に立ちギターを鳴らし、終盤は一人寸劇?一人ストリップ?みたいなのを延々とやってたなぁ。

⑨「Rainbow Children」/『The Rainbow Children』(2002年)
宗教的な影響なのか、急にジャズっぽいアプローチになった当時のプリンス。でも、キライしゃなかったよ僕は。2002年11月、東京国際フォーラムで観たライブのオープニングがこれ。いいライブだったなぁ。

⑩「Te Amo Corazon」/『3121』(2006年)
妖艶で美しく、そしてせつない曲。



ホントは10曲くらいじゃ、プリンスの何も理解してもらえないんだけどね。

今夜のNHK『SONGS』もプリンス追悼特集らしい。その副題に“孤独な天才”とあった。

おい、プリンスは孤独だったんじゃなく、孤高の人なんだよ。それだけは間違わないでくれよと。

One World , One Prince





僕とプリンスの出会いは1984年夏。僕が高校1年の時。

たいして金を持ってなかったその頃、僕は大いに悩み迷った事を今も鮮明に覚えてる。当時、LPレコードを1枚は買える金はあるけど、2枚買う金は無い。でも、LPを2枚欲しかった。1枚はプリンスの『パープルレイン』、もう1枚はスプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・USA』。2枚のジャケットを見比べると1枚はチンチクリンのヒゲ男がバイクにまたがってる。もう1枚は汚いGパンのケツに帽子…完全な目クソ鼻クソ状態(笑)。運を天に任せて僕は汚いGパンの方を選んだ。

その選択がハズれたとは言わないけど、後日、貸しレコード屋で『パープルレイン』を借り、カセットテープにダビングしてる時に、もう僕は紫の稲妻に打たれてた。買うべきLPはこっちだったと後悔してるもヒマもないほど、『パープルレイン』のインパクトにヤラれてた。


もうそれからは『パープルレイン』の前の『1999』も借りてすぐにダビングし、映画も観に行き、ドップリと紫の世界にハマっていったね。もう惹きつけられてしまって、寝ても覚めても紫だった。プリンスワールドだった。

でも、プリンスは青臭い僕に生きてゆく方向性をすぐにちゃんと示してくれた。

1985年、『パープルレイン』の大成功から1年も経たないうちにリリースされたのが『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』。大衆に理屈抜きで受け入れられた『パープルレイン』とは真逆のようなサウンドで貫かれたアルバムをリリースしてきたのよ。

高校2年になってた僕の頭は当然“なんじゃこりゃ”。『パープルレイン』の延長線上にある作品、もしくはそれに近いポップさを期待してた僕は戸惑ったね。



でも、聞けば聞くほど理解してくるんだよね。知恵の無いガキでも、訳詞を読み雰囲気を掴み、プリンスの描きたいであろう世界をイメージしてるうちに、『パープルレイン』よりも『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』の方に僕は心を奪われ、プリンスの才能の恐ろしさを体験できた。多感な高校生の時にね。

普通、ミュージシャンはヒット曲、売れたアルバムを出せたら、その後何作かは同じようなのを製作する。ミュージシャンがイヤがってもレコード会社がそうさせる。

でも、プリンスにそんなパターンは全くあてはまらない。『パープルレイン』で大成功した路線をあっさり捨て、『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』で随分とファンをガッカリさせ売り上げもかなり落としてしまった。それでも、意に介さないプリンスは『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』の次に『パレード』をリリースし、完全に己の目指す高みへと突き進んで行った。

僕はそんなプリンスの姿から“安住の地に留まる人生なんて面白くないよ”って教えられた気がしたね。そして、ミュージシャン・シップってのは何かも教えてもらった。

マイケル・ジャクソンが『スリラー』でスプリングスティーンが『ボーン・イン・ザ・USA』の後で次作をなかなか発表できないでいた時代に、プリンスは毎年毎年意欲的な新作を発表してきたって事実からも、プリンスの凄さが分かってもらえるだろう。

ライブも凄かった。特にレボリューションとの最後の夜になった1986年の横浜スタジアム。今も伝説として語られてるよね。

僕がプリンスと初めて向き合ったのは1989年2月。東京ドーム。‘ラブセクシー・ツアー’。平成になって1ヶ月後。

凄いライブだった。僕の人生の中でのベストライブ。間違いなくダントツでベスト!オープニングからノンストップで40分間メドレーで演奏してしまうんだもん。もう圧倒されたね。

以降も1990年、1992年、2002年と6回来日したうち4回観れたのはいい思い出。

僕はプリンスは還暦前だし、もう一度くらいはアルバムリリースからのツアーで来日してくれるだろうと安易に考えてた。エネルギッシュでパワーに溢れたプリンスが、自宅スタジオ(ペイズリーパーク)で倒れて、そのまま帰らぬ人になるなんて…。

死因はインフルエンザとか薬物過剰摂取とか書かれてるけど、そんなのは僕にはどうでもいい。知りたくもない。僕はプリンスがいなくなったって現実だけを受け入れる。

僕がプリンスを観た最後の夜、2002年11月、東京国際フォーラムで演奏された「サムタイムス・スノー・イン・エイプリル」の美しさを僕は死ぬまで忘れない。

“時々、4月にも雪が降る”
そしてプリンスは4月に逝った。

もう一度、会いたかったよ。
紫の雨の中で。











ライブ開始のMCと同時に幕が開き何かなと戸惑ってたら「シュガータイム」。思わず僕の口から出た言葉は“へぇー”。悪い意味じゃない。意表を突かれ、驚きと喜びの“へぇー”である。

27日はそんな“へぇー”が多かったね。「シュガータイム」の次に「優しい闇」を持ってくる奇襲攻撃もだし、アルバム毎、年代毎に区切るかのような構成、演奏順もそう。

そんな中、僕にとってのハイライトは8曲目に元春がキーボードを弾き演奏された「すべてうまくはいかなくても」。

『フルーツ』リリースから20年目の今年、初めてナマで聞けて、本当に感激したね。
さらに間奏部分で元春がキーボードのイスに座りながらハーモニカを吹いてる姿には大感激した。これこそが僕がずっと追いかけてる元春なんだよなぁと痺れた。

次に痺れたのは「東京スカイライン」。昨年のサマーツアーでは演奏されなかったから、今回はノーマークだっただけに、聞けてホントに嬉しかった。この曲の持つ解放感が僕は好きなんだよね。

ライブ本編の後半は代表曲、ヒット曲が畳み掛ける構成で、僕は自分が楽しむと言うよりは、客観的な視線で元春と会場が一体化してゆく様子を観察してた。最近はそんな楽しみ方が自分には合ってると思ってるし。元春のファンを33年もやって、やっとたどり着いた境地と言うのか…いやっ、ただ単に僕自身が老いて、疲れんのがイヤなだけ(笑)。


同じ東京国際フォーラムで行われた30周年の時はちっとも楽しめなかったけど、今回の35周年は心から楽しめた。当然、次の元春のアクションも楽しみにしてる。

今度はどの街で会うのかは分からないけど、いつまでも若く荒ぶる元春を僕も永く追いかけられたらと。