学芸員の博物館実習でお世話になった科学館の先生が、ちょくちょくバイト先に来てくれます。

昨日も来てくれたんだけど、ウチはレジだったからほとんど会話できなかった。

でも「今日も頑張ってますね」って声をかけてくれて凄く嬉しかった。

んで去り際に「あ、今度の21日に月蝕がありますよ。この辺からでも見えますから是非見てみてください」って言って帰ってった。


なんかそれだけですげーすげーすげー嬉しくて嬉しくて、凄い憧れた。
ふとした瞬間にそんなセリフが出てくる人に憧れる。

天体とか宇宙とか大好き。
プラネタリウムが好き。もうその名前の響きだけで酔える。


月蝕も月も、陰れば満ちていく。

自分が今大きな何かの影で陰っているのなら、その何かかもしくは自分が動けば、光はあたるんだよね。

月はあんなにちっこいのに、夜を明るく照らしてくれる。
毎日違った表情を見せる。
太陽だって覆い尽くす力も持ってる。
地球をほんの少しの時間だけ、暗闇の世界に引きずり込む。


月になりたいなぁ。
信じられる言葉が少な過ぎる。
全部ウソに見える。
ホントも混ざってるのに、周りが邪魔して見えない。


悲しい。悲しい悲しい悲しい。
前が見えない。
今自分は本気で苦しい。


不幸自慢は嫌いだからしたくはないけど、気持ちは文字に留めておきたい
文字にすることで少しでも整理したい


半分にしていたおくすりを、元の量に戻しました。
状況は悪化しています。

ワタシは頭がおかしいです。

そして自害してしまいたいくらいに、自分が恥ずかしい。


守るべきものはたくさんあるのに。
ハンパな気持ちで自殺なんか考えないよ。
てかまず自分は自殺なんか絶対しないよ。
しないけど、もうアウトプットに制限をかけたくない

正直でありたい
一番ウソに塗れてるのは自分だって解ってる
だからこんなに恥ずかしいんだ
羨ましいんだ


ウウウウ

眠れそうです

おやすみなさい。
いま、自分を必死で見つめ直しています。

信じていたものが崩れ、愛犬を失い、人間の汚さに愕然とし、それでも生きてます。


色んな要因を抱えて、最終的に病院へ行ったら“全般性不安障害”だと診断されました。

今は入眠剤と抗不安薬と、精神安定剤に支えられて日々を過ごしてます。


自分はもっと器用だと思っていました。
でもだからこそ不器用でした。
自分は弱いです。こんなに弱かった。知らなかった。

どうして毎日泣きながら寝なきゃいけないんだろう
もっと明日を夢見ながら眠りにつきたい

何に対して泣いてるのかも解らなくて
でもこれ以上大切な誰かを失いたくないという恐怖だけは馬鹿デカくて

怖くて怖くて怖くて


死が怖い。

ダリがあんな自画像を描いた心境が手に取るように解る気がした


「ウワアア怖い」って、手当たり次第に物を壊したい衝動に駆られます。
それを引き止める声の存在が無ければ、とっくに自分は大暴れしてます。

だって狂ってしまうのは簡単だもの。
そのストッパーを外せばいくらでも頭おかしくなれるわけで、かなり曖昧で危ういところに自分は立っているっていう自覚もある。

もう一人の自分が、自分から抜け出て色んな物を壊していく様が見えます。
物を壊すと、壊れた物の破片と共に奴は消えていって、ハッと我に帰ります。
その繰り返し。


この船酔いのような気持ち悪さ、吐き気、めまい、ふらつきも鬱陶しくて仕方なくて、土の中に埋もれてしまいたくなる。
冷たい土の中は気持ちよさそうだけど淋しそうね、って昔誰かが言ってた気がする…


強くならなきゃ。



でも人間は怖い。大好きだったのに。
それでも諦めきれない。人間に希望を抱かずにはいられない。怖いけど、怖いけど。

ライオンに恋したシマウマはきっと、こんな気持ちなんだろうな。
最近、色々なことがありすぎて自分の脳が疲れていると感じます。笑


今まで蓄積されてきた、他人に対する不信感がある日突然爆発して、自分を見失いました。
こんなに人間っていう存在は絶望的なのかと、心から信用する余地などないのかと、自分でも驚くほど追い詰められました。
あんなに泣いたのは久しぶりだった。
翌日に目が腫れてるってことも初体験でした。笑


そんな中、15年を共に過ごした愛犬がお星様になりました。
2週間以上経った今も物凄い喪失感が付きまといます。
23年の人生のうちの大半を一緒に過ごしました。
彼が居ない生活がまだ、慣れなくて不安定で。


そして更に今、人の狭間で揺れています。
揺れるどころか、蹴飛ばされまくるサッカーボールよろしく転がっています。笑
信じる座標が見つからない。どこへどう転がればいいのか。


人間は汚いです。怖いです。

でも、専門のみんなと会うと楽しい。
大学で新しい友人が出来ると楽しい。

けどそれは、自分が本当に求めるものでは無いと思ってました。
今となってはもう解らないけど。



明日になるのが怖くて眠れない。

自分は音楽が好きです。

聴くのも好き、演奏するのも好き、歌うのも好き。

気が付けば常に音楽が隣りにあって、生活の一部になってます。


でもアーティストに入れ込むようなことは無くて、聴ければ満足、ライブには付き合いで行く程度でした。

そんな自分がこれはと思ったアーティストが一人だけ居て、倉橋ヨエコというどちらかと言えばマイナーなシンガーソングライターでした。


彼女を知って惚れこんでしばらくした後、彼女は廃業宣言をして音楽の世界から忽然と姿を消しました。

廃業することを彼女は「解体」と呼び、2008年の解体ツアーで8年間の音楽生活に幕を降ろします。


奇跡的に参加できた解体ツアーファイナルももう2年前のこととなるので、自分の記憶もいい加減薄らいで来ていたこの時期に、ファイナルのDVDが解禁リリースされました。


忙しさに感けてずっと観れずにいて、今日ようやくゆっくりと鑑賞出来たのですが、倉橋ヨエコは自分にとって物凄い影響力のある人間だったんだと再確認出来たように思います。



遠いようで信じられないくらい近い人だなぁと感じました。

付録でその半生を語っていたのですが、それを読めば読むほど安心して、当惑して、感動して、焦慮しました。

氷河期に春が訪れたような感覚。

これだけ遠くて近い人が、これだけ人の心を揺るがすものを作ってた。


それならやっぱり、自分にも何か出来ることがあるんじゃないか。




停滞すると、燻った火はどんどん萎んでじきに燃えなくなります。

火種が落ちる前に、なんとかして着火しないといけない。

でも人間ってライターもマッチも持ってないんです。

ましてや自分自身で発火することなんて、並の人間には、特に弱い人間には想像もつかないくらい難易度の高い高等技術。

じゃあどうしようかってなったとき、物凄い勢いで燃え上がってる何かから火をもらうんですよね。


何かを作る人って、多かれ少なかれそれの繰り返しなんじゃないかなぁって思いました。

自分だけかもしれないけど。笑



ヨエコの歌が、声が、姿勢が、言葉が、自分の着火剤になってくれました。

この火をどれだけ保っていられるかは自分次第。

ヨエコ、本当にどうもありがとう。



少し話は逸れるけど、ほんの一場面、ほんの一言が動力になったりすることもあります。

頑張らないと、頑張らないとって踏ん張って、でもふと現実に帰ってゲンナリするとき、思い出す言葉は“ここが地獄じゃあるめェし”。

ONE PIECEの作中の言葉ですが、こんなところからも着火剤発見。



つまり自分は、すごく些細な、けれども実は大きなものたちに支えられて、ようやく立ってます。

いつか自分も誰かのそんな着火剤になりたい。

今日からは心に松明持って、真っ暗い洞窟の中を手探りで冒険していきます。