自分は音楽が好きです。
聴くのも好き、演奏するのも好き、歌うのも好き。
気が付けば常に音楽が隣りにあって、生活の一部になってます。
でもアーティストに入れ込むようなことは無くて、聴ければ満足、ライブには付き合いで行く程度でした。
そんな自分がこれはと思ったアーティストが一人だけ居て、倉橋ヨエコというどちらかと言えばマイナーなシンガーソングライターでした。
彼女を知って惚れこんでしばらくした後、彼女は廃業宣言をして音楽の世界から忽然と姿を消しました。
廃業することを彼女は「解体」と呼び、2008年の解体ツアーで8年間の音楽生活に幕を降ろします。
奇跡的に参加できた解体ツアーファイナルももう2年前のこととなるので、自分の記憶もいい加減薄らいで来ていたこの時期に、ファイナルのDVDが解禁リリースされました。
忙しさに感けてずっと観れずにいて、今日ようやくゆっくりと鑑賞出来たのですが、倉橋ヨエコは自分にとって物凄い影響力のある人間だったんだと再確認出来たように思います。
遠いようで信じられないくらい近い人だなぁと感じました。
付録でその半生を語っていたのですが、それを読めば読むほど安心して、当惑して、感動して、焦慮しました。
氷河期に春が訪れたような感覚。
これだけ遠くて近い人が、これだけ人の心を揺るがすものを作ってた。
それならやっぱり、自分にも何か出来ることがあるんじゃないか。
停滞すると、燻った火はどんどん萎んでじきに燃えなくなります。
火種が落ちる前に、なんとかして着火しないといけない。
でも人間ってライターもマッチも持ってないんです。
ましてや自分自身で発火することなんて、並の人間には、特に弱い人間には想像もつかないくらい難易度の高い高等技術。
じゃあどうしようかってなったとき、物凄い勢いで燃え上がってる何かから火をもらうんですよね。
何かを作る人って、多かれ少なかれそれの繰り返しなんじゃないかなぁって思いました。
自分だけかもしれないけど。笑
ヨエコの歌が、声が、姿勢が、言葉が、自分の着火剤になってくれました。
この火をどれだけ保っていられるかは自分次第。
ヨエコ、本当にどうもありがとう。
少し話は逸れるけど、ほんの一場面、ほんの一言が動力になったりすることもあります。
頑張らないと、頑張らないとって踏ん張って、でもふと現実に帰ってゲンナリするとき、思い出す言葉は“ここが地獄じゃあるめェし”。
ONE PIECEの作中の言葉ですが、こんなところからも着火剤発見。
つまり自分は、すごく些細な、けれども実は大きなものたちに支えられて、ようやく立ってます。
いつか自分も誰かのそんな着火剤になりたい。
今日からは心に松明持って、真っ暗い洞窟の中を手探りで冒険していきます。