「なんで神父なんだ?」
「なんで?別に理由はないよ。たまたま…」
「たまたま?ここで生活できるのか?」
「まあ、大丈夫だよ。」
「……空は?」
「空?ああ、いやもう飛んでないよ。もう、あるかもわからない」
いら立たずにはいられなかった。
高校の頃出会ったこいつが鮮明で、それで俺はこの道を選んだ。
どこかにいるはずのこいつが無事に飛べるように、そう。
「おまえはさ、面倒見がいいから、これからもずーっと空を旅するんだよ、ずっとさ、 どっかで手に入れる飛行船にでも乗って。」
俺のいらだった顔を知りながら、あいかわらず風のような笑顔で言ってのける。
「おまえのためだ!そのために軍にいる!」
「おまえは、…今だって空が似合う。」
俺の癇癪もよそに、あいつは空をみて笑うだけだった。
その姿によけいたまらなくなった。
― はじまり ―
ピアノの音に連れられて歩いた。
想像していたよりも広い場所をただ。
全ては消えていくと想っていた。
意識も記憶も停止して溶けていくものだと。
白い靄の海にいるような、遙か上空にいるような不可思議な場所だった。
目的も道もなく。
それでもただ、聴こえてくるピアノの音に連れられて歩いた。
なんだか苦しそうな淋しそうな音色の未知《道》を歩いた。
モヤは晴れ、透き通るような森に出た。
鮮やかすぎる緑が光を透かしスポットライトを幾本もつくっている。
その主役は茶色のアップライトピアノだった。
うっとりするピアノ線の構造があらわになりフェルトが音を奏でる。
役目を終えた主役は再び靄となって森に溶ける。
ピアノが導いたのは靄の白よりも眩しい飛行船だった。
笑えた。
――あいつの言ったとおりか。
散々学んだ知識が役立ち、何の滞りもなく迷いもなく飛行線は翔びたった。
広大な森と一緒に。そして、まばゆい青に。無限の君のもう一つの世界へ。
― 1《世界最大の図書館》 ―
今日も音楽がかかる。
飛行船中に張り巡らされたスピーカーから今日の音楽が。
雲の白さにまぎれて行く飛行船は静かに静かに空を旅する。
上にはオレンジとキウイ、下には葡萄と梨。
果物の木々の葉が風にゆれやわらかな香りがする。
軽やかな足音が聴こえてきそうだ。
長い廊下を駆けて操縦室へと向かう姿が見える。
「じいちゃん!」
操縦室のドアを抜け、高らかな声が響く。
ー続くー