『明日やろう、は馬鹿野郎。』
どこで聞いた言葉か、思い出すの僕には耳に痛い記憶だ。
恥ずかしながら拙僧、面倒くさがりで他人任せだ。
そして馬鹿だ。
―――「明日やろう」と後回しにすることで事態が好転することなんてないのに。
もし、明日死ぬとしよう。
「明日やろう」と目論んでいたことは実行不能となる。
ずっと食べたかった料理も、
楽しみに取っておいた映画のチケットもすべてが水の泡だ。
長い時間をかけてつくられたこの肉体も――――。
想えば想うほど募ったこの気持ちも――――――……
今まで他人の言葉で生きてきた。
自分の足で歩かずに、言われるままにイイコイイコされてきた。
生きる意味について考えたこともある。
結論はありきたりなものだった。
「僕は生きる意味を持っていないので、それを見つけることが生きる意味です」
――高校の入試面接で、「将来の夢はなんですか」と聞かれ、
「この高校生活で自分に合う職業を見つけていきたいと思います」と詭弁ぶっているのと同じだ。
そんな抜け殻みたいな人生をしたくない。
過去に3度、死にかけたことがあるが、その時は誰かに救ってもらった。
みんな、「ホッ」っとした表情だったのを覚えている。
僕が、ダラダラと意味もなく生きていたら…
あの時はなんだったんだ、となる。
あの必死の労力は無駄だったのか?
無駄にしないためには強くなることだ。
運のいいことに、僕はまだまだ発展途上にある。
どんな色にでもよく染まる無色のキャンバスこそ、僕だ。
一瞬の輝きをペン先に、無茶苦茶に描いていきたい。
「鳶」の代名詞は「可能性無限大」だ。
鳶。