*大運「石門星」と宿命西「司禄星」の関係⇒石門星激剋司禄星

陰陰の激攻関係で、剋す運勢が主体です。

運勢の強い干渉で宿命の霊魂が変形する時です。

 

西方の「司禄星」は「木剋土」の間柄で、主体は集団的和合(石門星)にあります。
そのために蓄積の行為(横線は現実的な行為)は平凡、安住も含め集団生活的感覚で行うということになり、「司禄星」の蓄積や倹約といえる行為はすべて集団を意識しているということになります。

 

司禄星の「蓄積」という意味が石門星(集団的和合)に剋されることによって、平凡な集団生活感覚に変化するとなっています。

司禄星が集団感覚といっても今一つピンときませんが、他の家族や学友たちが対象になるのでしょう。

 

もし、西が石門星で運勢が司禄星なら、意味合いは同じでも、自分が主体になるので、家庭的な環境に和合の精神を与える、ですかね・・・

宿命が主体なのか従体なのかの違いだけでも、描かれる世界はかなり違ってきそうです。

 

9歳運なので、まだいいですが、これが1歳運とか2歳運だったら、主体的には司禄星は使えないので、運勢のまま(環境のまま)を受け入れる形になるのでしょう。

 

司禄星の意味の「蓄積」はわかりますが、「倹約」というのは、西だからですかね。

場所によって言葉の象徴も変える必要はありそうです。

これをまとめると、次のようになります。

 

自分自身のためにではなく、大勢の人達のために平凡な生活に沿い、蓄積、倹約を行う

 

 

ここまでは極端ではないでしょうが、具体的なイメージとして『贅沢な生活は世間様に対して申し訳がないと書かれています。

 

激剋関係ゆえに、司禄星が石門星に、抑え込まれる、という意味合いが強くなっています。

激剋と和剋の違い、主体と従体の違い、このあたりを端的に使えると、コツがわかってくるような気がします。

 

 

*紫字は原典算命学大系からの引用です。

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